紫陽花に込めた愛

紫陽花の季節になると思い出す…

1823年8月
ドイツ人医学者でもあり植物学者でもあったシーボルトは、東洋学研究を志し、オランダ人と偽り長崎出島にあるオランダ商館へ来日する(27歳)

西洋医術を施す彼は、瞬く間に有名になり、患者としてやって来た長崎の遊女「其扇(そのぎ)」通称「お滝」(17歳)と恋に落ちる
やがて、2人の間には女の子が生まれ「オイネ」と命名
来日から5年目の1828年
シーボルトは当時国から禁じられていた、伊能忠敬の日本地図縮図や日本に関する翻訳資料を国外に持ち出していたことが発覚、国外追放されることとなる
▶シーボルト事件

追放さ