家から一時間かかる野池に行った。 到着9時半、かなりの人。 しばらく見学していたが誰も竿を絞らない。 それどころか皆さんの餌うちが遅い。 昔なら「あんな釣り方ではあかんぞ。」「あんなポイントではあかんぞ。」「わしなら釣れるぞ。」と悪魔の声が脳に響いてきたはず。 事実、例会などで誰も釣れない中で私だけ釣果があった。 高慢ちき、自信の塊 でも、最近はそのような声も響いてこない。 情けない。 何…
俺たちは 麻衣のことも 飯のことも みな姐さんに任せて ただひたすら坐る。 俺たち と言ったが 正しくは俺と元照である。 麻衣とも 姐さんとも関係の無い又やんには 何の変わりはない。 又やんは 又やんの坐禅を座り続けている。 元照はこの度の騒ぎの張本人なだけに 初日から暫くは その坐相は 散々なものであった。 又やんの鬼のような警策に 何度も見舞われた。 さて 俺である。 何の取り柄も無い…
12月 5日 坐禅人に飯を饗するということは 考えてみれば さほど難しい事ではない。 元照から どのように教えられたのか知らぬが 姐さんの淨人振りは 中々のものだ。 勿論 本山の作法に違(たが)える所は多々あるが それさえ姐さんの手に掛かれば 姐さんの方が正しいのではなかろうか と思えるほど 丁寧な淨人振りである。 なまじ作法にとらわれていないので 供を受ける俺たちの方が 却って有難いような…
「分かりました。明日からはあたしが麻衣ちゃんの代わりをします」 「えっ?」 「麻衣ちゃん 攝心で何をしていたの?」 「何を って・・・。ねえ 叔父貴」 「ええ まあ 淨人をさせていました」 「ジョウニン? 何ですの それ」 「まあ 坐禅をする人に 食事や お茶などを給仕する役の者を そのように言います」 「あらそう。そんな事をやらせていての?」 「いえ 勿論麻衣も坐禅をしました」 「まあ 大変…
「失礼しました。では 姐さんは元照君にとっては無くてはならない後見人 と こう言う事ですか?」 「後見人ねぇ。まあ 仕方が無いわね そんな所かしらね」 「何か もう少し別な言い方の方が良かったでしょうか?」 「いいわよ そんな気を遣わなくても」 「はあ・・・」 「でもね あたしの中では そんなしゃっちょこばった者の積もりじゃないのよ」 「はあ では 姐さん的には どんな?」 「ファン よ」 「…
「何だって そんな事をしているんだ?」 「麻衣が やりたいから って看護師さん達に頼んだみたいで」 「いくら頼んだからって 麻衣は入院患者だぞ。それに 資格も無い者に そんな事をやらせはしないだろう」 「それが 何て言ったか 若い方の看護師さんの。ちょうど麻衣と同じくらいの年頃の」 菜っちゃんのことだ。 「その人とすっかり仲良しになってしまって」 菜っちゃんならば さもありなん。 「勿論 麻衣…
12月 4日 摂心四日目 なか日である。 此の時季としては 割りに暖かい朝(未明)である。 元照は随分早く起きたようだ。 起床振鈴の時分には既に上單している。 見れば 厨房に朝粥の用意もしてある。 又やんの入堂を待ち 俺は聖僧礼拝し 焼香・上單・止靜鐘三声打てば 3人の摂心が続く。 麻衣が居ないだけで 昨日と何の変わりもなく 三人三様 それぞれの思いを持って 坐るのだ。 元照も健気(けなげ)…
16:50下鉢・藥石 18:20止靜 19:00経行・抽解 19:20止靜 20:00抽解 20:10止靜(普勸坐禪儀) 21:00略経行・抽解 元照の淨人役での藥石が終り それから三度目の止靜で普勸坐禪儀を唱え 又やんが帰宅する。 元照が言う。 「叔父貴 小母さんが来ます」 「えっ?」 俺は何の事か解らず 問い返す。 「島根から 小母さんが来るそうです」 「小母さんって 姐(あね)さんか?…
「東祐さん 有難う。あなたの言う通り 病院に連れて行きました。はい。大した事も無いようで。念のため 元照を附けていますが 私は攝心を続けます」 「何でも無えの? いかったなやぁ」 「はい 東祐さんには 余計な心配を掛けました。では そういう事ですから」 「したら 今から行っても いいんだか?」 「勿論です」 「よし 分がった」 「ああ それから お母さんに宜しくと。いつもお世話になっております …
待合室で待っている元照と合流し ボロ車に乗り込む。 「元照 君は麻衣の入院の準備が いろいろあるだろう」 「はい」 「私を送ったら この車を使って 用事をしなさい」 「はい。でも 大した用意も無いのです。麻衣の荷物を持って行くくらいなもので 女先生の話しでは こまごました事は看護師さんがやってくれるから って。私はどうせ何の役にも立たないだろうから って」 「そうか」 「叔父貴」 「何だ」 「…
婿先生が呼ぶと 菜っちゃんが入って来る。 元照に 入院手続きの説明をする菜っちゃんは 何だかクスクス笑っている。 大明さんが 俺に医局に行くように言う。 行けば 新堂先生と めんこ先生がそれぞれの机に座っている。 「先程は 行き届かない説明で 失礼しました」 めんこ先生が話し始める。 新堂先生は と見れば 椅子を背後の窓の方に回して 何か覗いているようだが 窓の外でも眺めているのだろうか。 「…
「麻衣に悪いところが無いのに 入院 ですか? それも 今? すぐに?」 取りつく島もないめんこ先生ではなく 俺は元照を見る。 「元照 どう言う事なんだ?」 元照は 顔を上げて めんこ先生を見る。 めんこ先生に訊け と言うのか。 「ダンナサマ にも」 めんこ先生はカタカナで言い 「ダンナサマにもお話ししましたが 現在麻衣さんに悪いところはありません」 「はあ~」 「悪いのは 貴方たちお二人です」…
「先生 どうなんですか?」 「はい?」 「麻衣の いや 患者の具合ですよ」 「ああ 患者ね。ところで あの人は やはり 尼さんですか?」 何だか面倒くさい話しだが 下手に隠しても この先生の事だ 後々更に面倒くさい事になってはつまらないので 俺は麻衣の事を 包み隠さず話す。 「ほう あの頭をね あのでっかい坊さんが剃ったんですか」 先生はそんなことろに感心する。 「で あの坊さんが 淨心さんの…
「ああ 新堂です。淨心さん 珍しいね。どうかしましたか?」 俺は新堂先生に 麻衣の様子を説明する。 「ほう。その人は淨心さんの 何ですか? その 関係と言うか」 俺は 元照の事 麻衣との関係 摂心の事 などなど 診察に参考になりそうな事を 手短に話す。 「今はどんな様子です?」 「はい 床を敷いて 休ませています」 「歩けそうですか?」 「はい ひと時よりは大分落ち着いてきましたから」 「歩け…
元照に言い付け 脇の部屋に布団を敷かせ ストーブを点けて 麻衣を休ませる。 熱は特に無いようだ。 部屋が温かくなり 麻衣も幾らか落ち着いてくる。 元照は麻衣を覗き込んでいる。 麻衣は元照に 「ごめんなさい」 と繰り返す。 元照はおろおろするばかりで 麻衣と俺の顔を交互に見る。 「方丈さま 申し訳ありません・・・」 麻衣は頭を上げようとする。 「そのままそのまま。休んでいなさい」 俺は元照に任せ…
『祇園正儀』は続く。 〝山僧今日諸人の面前に向って家門をとく 已(すで)にこれ便(たより)を著けず あに更に去て陞堂入室(しんどうにっしつ)し拈槌豎拂(ねんついじゅほっ)し 東喝西棒(とうかつせいぼう)して眉をはり目をいからし 癇病(かんびょう)の發するがごとくに相似たるべけんや。 ただ上座を屈沈(くっちん)するのみにあらず 況(いわ)んやまた先聖に辜負(こふ)せんおや。 儞(な…
『祇園正儀』は長い。 (やさぐれ坊主の世迷言 勝手な日記ですから 読者の皆さんは どうぞ飛ばしてお読み頂きますよう) しかし 『祇園正儀』は 摂心も半ば以降 ややもすると惰性に流れ 摂心の意味が薄れそうになる 悪慣れた坐禅人の心・・・ 『今日もまた14炷も坐って居れば 時間が己を勝手に運んで呉れよう』 などという 安直な心を 畳半畳の單に キリリと安置させるのだ。 朝課に諷誦する由縁である。 …
12月 2日 この時期にしては 冷え込む朝である。 まだ2時を回ったばかりで 真っ暗だから 深夜と言うべきか。 僧堂のストーブを点ける。 ファンヒーターは音が喧しいので 電気の要らない反射式のを3台 三方の單に向けて 配置する。 攝心2日目が始まる。 3時00分 経行鐘2声・覚眠・略経行。 と 差定にはあるが それは坐禪者が僧堂内の單上で眠る 本山での事だからである。 此処では3時の振鈴で代え…