「豊臣秀次」の日記一覧

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歴史探訪!! 築城たった10年で廃城の悲運の八幡山城

今回は琵琶湖周辺に居ながら、まったく湖を見なかった不思議な三日間でした。 電車からは少し離れていますので、JR湖西線では無理な様です。 敢えて傍に行かないと・・・ 更に今回は東近江がメインですので、琵琶湖から離れる事にもなりました。 唯一、八幡城界隈は別でしたが、こここそ歴史の濃厚な場所だからです。 今に繋がる八幡城の10年程での終焉こそが、未だに愛される最後の豊臣秀次への人望でし…

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「近江八幡の旅」 豊臣秀次 新納慎也

8月17日~8月19日、猛暑の中、近江八幡(滋賀県)のひとり旅に出かけた。 計画として、1日目は名古屋市の大須観音界隈をぶらぶらしてから、琵琶湖米原(まいばら)のホテルまで移動。2日目は、早起きして丸っと1日近江八幡の探索をして、夕方米原のホテルに帰る。3日目は名古屋への帰路につき、途中のJR尾張一宮駅の6階図書館を利用して、旅の日記を書くことにした。 注意事項として、2日目はビール禁止。飲…

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そんな バカな~  理不尽について ―豊臣秀次ー 

武家時代の政権の移譲については、今の選挙制度にはない 武力による奪い合い、凄惨な戦いが常であった。 そんな戦いに敗れた武将は理不尽な末路を歩くことになる。 話は変わるが 私の市の隣町南え約30kmに近江八幡市がある。 信長の死後安土城下を移転した街で 八幡堀や水郷、昔からの佇まいを残す城下町として、多くの観光客やロケ隊の絶好の撮影場所としても有名である。 戦国の世、この地を治…

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八幡山 (鶴翼山)

百々神社から歩いた。 神社の横から歩き出す。 急な道が始まる。 ロープを掴んで。 やがて平坦。 また急の繰り返し。 近江八幡に着くと日差しが有って暑い。 鈴鹿の峠、土山までは降っていたのに。 西の湖、長命寺、きぬがさ山、近江八幡の堀めぐりの屋形船などが見えてくる。 のろし台も。戦国の歴史跡に近づいている。 百々神社に帰った時、琵琶湖周航の歌が聞こえてきた。 https://youtu…

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日本史アップデート「豊臣秀次の切腹、真相は」

本日13日の読売新聞夕刊に日本史アップデート「豊臣秀次の切腹、真相は」がありましたので紹介しておきます。 日本史アップデートは今春から「従来説→再新設」から「ここに注目!」変わりました。 「豊臣秀次の切腹、真相は」謀反の疑いでなく、秀次の潔白を訴える為だったのでは?と。 豊臣秀次(Wikipedia) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B1%8A%E8%87%…

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近江八幡散策

鈴鹿峠を越え、綿向山のご機嫌を窺いながら。 町を一つ二つ過ぎると、近江富士。 隣の低いけどずいぶん広い鏡山。 雪野山は三つの頂上がある、山だろうか。 長命寺の山が見えると右折。 車の数が増えると、山からケーブルカーが路面スレスレ迄降りてくるのが見えた。 神社前に駐車。  お堀の水辺まで降りて写真。 焼けてないから歴史そのまま残っている。  ちびっこ達の元気な声が聞こえた。 近江商人の基…

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京都の裏町を歩く❗

昨日の午後、京都大学の研究所で用事を済ませた後、時間がタップリ有ったので、神宮丸太町駅から西南方向の烏丸御池駅までしっかり歩きました。その歩数は約8000 歩にも到達。途中立ち寄ったのは寺町界隈の蛸薬師、豊臣秀次菩提寺、錦天満宮などの裏町風景です。 所で、何故海の蛸を祀るのか凄く不思議でしたね。まあ、諸病平癒と請願成就を叶えてくれるようしっかり撫でて来ました。御利益に期待しましょう。

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豊臣秀次と瑞泉寺

同窓会の会場に行くために、四条河原町から高瀬川通りに出た。会場が高瀬川源流に位置するために、高瀬川沿いに真っ直ぐ上る道をとった。三条大通りに差し掛かる直前の高瀬川沿いの道の高瀬川と反対側に「前関白従一位 豊臣秀次公の墓」と記した石碑が立っているのに気が付いた。そこには、瑞泉寺の説明札が立てられており、次の説明があった。 「慈舟山と号し、浄土宗西山禅林寺派に属する。豊臣秀吉の甥、豊臣秀次一族の菩…