さんが書いた連載歴史を活かす力の日記一覧

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一押しの悲劇の皇子は/有間皇子

 皇子たちの悲劇を後世の創作も加わり大変興味深く、現代の少子化対策支援と重なる「貴重な存在」でもある。 先ずは、万葉の悲劇の二皇子では、謀反の罪を被せられ若くして命を落とした大津皇子(24歳自害)は奈良の境「二上山」に眠る。 もう一人の有間皇子(19歳処刑)は墓地伝承地の藤白神社から南約200m、藤白坂がその地と伝えられる。 http://wakayama-rekishi100…

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日本近代化は中世に/能登の社寺から

 日本の近代化は、幕末・明治維新後の近代化70年と終戦後のバブル崩壊までの近代化40年が象徴的だろう。 日本近代化の礎は中世の公家及び武家思想との対峙による権威・伝統性をいかしたこと。産業化、資本主義や民主主義を手本に西洋先進国への転換をしたことにある。 日本近代化の礎として、飛鳥 、奈良、 平安 、鎌倉、 室町・安土桃山、 江戸期で見ると、「能登」が「飛鳥や鎌倉」になりえた事実があ…

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日本の近代化/これまでと今後

 幕末・明治維新後の近代化70年は、大正デモクラシーのモダンが地方の隅々まで浸透していた。その瓦解が第二次世界大戦。 この間は、国家主義・国体の憲法が大きく働いたこと。社会統合の護送船団方式が確立する。 さて、終戦後のバブル崩壊までの近代化・完全国家のモダン形成期間の40年は平和憲法による人間及び先進国共同体が働いている。 バブル崩壊1993年後の30年間にグローバル化が加速して、…

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1967年の 吉田茂元総理の「国葬」

 NHKの中継番組による映像と資料で振り返る 吉田茂元総理の「国葬」と安倍晋三元総理の国葬との世論的格差がある。 56年前、戦後初の国葬となった吉田茂元総理大臣の葬儀はどのようなものだったのか。当時の映像や資料として、4万人以上が献花に訪れていたほか、法的根拠など課題について議論されていた。 国葬は、亡くなった11日後の1967年10月31日に日本武道館で行われ、NHKは中継番組を放…

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日本を決定した100年/吉田茂

 元首相・吉田茂著「日本を決定した百年」(1967年刊)の解説本「昭和の怪物/七つの謎」から、安全保障などの基盤・背景が理解できた。 賠償について「外貨負担を課さぬため現物賠償の原則」・・米軍基地の構図と「温情的な約束で各国(講和会議52参加国)を説得」 講和問題を考える私的な懇談グループ(リベラル派9名を政治家より重視)・・国連貢献の分担金、中立の保障となる平和憲法 尚、前年…

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早朝散歩の黒海

 毎朝の早朝散歩は7時からの気功体操の行き返りに深田公園及びグリーン道を巡る。木々には様々な種子がついている。 メタセコイアの趣旨の美しさに毎度氏感嘆して、どんぐりの赤ちゃんを初めて見ている。  さて、今朝の早朝散歩は「露の黒海封鎖」から黒海の歴史散歩をする。 黒海に面する国は、南岸がトルコで、そこから時計回りにブルガリア、ルーマニア、ウクライナ、ロシア、ジョージアである。 …

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ウクライナの深堀/通貨の肖像と歴史

 ウクライナの通貨「フリヴニャ」紙幣から歴史を俯瞰してみたい。 1775 年にロシアのエカテリーナ 2 世はコサックの自治を廃止し、1783 年にクリミア半島を領有してドニエプル河左岸の東ウクライナをロシア帝国に併合した。 1795 年にポーランドがロシア・プロイセン・オーストリアに分割され、第一次世界大戦までの約 120 年間、ウクライナの太宗がロシアに、西の一部がオーストリアに入…

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ウクライナの深堀

 ウクライナの深堀として『三つの共通点がありますね』という記述がある。一つ目は、未曽有の原発災害を体験したこと(日本は東京電力福島第1原発事故、ウクライナは旧ソ連時代のチェルノブイリ原発事故)。二つ目は、国内にエネルギー資源を持たないこと。最後は、隣国にやっかいな大国を持つこと。 **西日本新聞/ウクライナが日本に共感する「三つの共通点」 議連会長・森英介氏に聞く https://www…

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現代の地政学リスクと幕末・維新の海防

 ウクライナ情勢は泥沼にあり弱者が犠牲になっている。 日本は北朝ミサイルに敏感で日米安保を盤石にするという政権は防衛費倍増だ。しかしJアラートや絶対的システムであるべきマイナーカードが破綻しつつある政権自体を危惧する。 米国も米国債デフォルト騒ぎを繰り返し、トランプ前大統領は防衛機密を持ち出したままにあるという。  さて、ゴールデンウイークに能登を漫遊気分で巡り、国生みから幕末の海防を…

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能登から帰る

 能登尊利地の実家でひと月余りいて、珠洲宝立山(471m)を見得していること。今回は宝達山(637m)と高爪山(341m)に出かけている。 宝達山と高爪山を実感したことから帰阪の列車では、古代の18氏族、126国造、元始天皇となる天地創造神話の仮説を思う。 宝立山と宝達山に国生み渡来神や高爪山及び高爪神社からは高御産巣日神を想起し、高志(越)の征服に思いが到る。  高爪山には高爪神…

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古代の日中女帝と官僚の実力主義

 第41代持統天皇(645 - 703/690年の帝位)の日本先進化モデル(「藤原京造営と律令国家制、日本国号及び天皇称号の確立」)が唐代の則天武后(623 - 705)を同時並行的に見れる。 2/26の読売「世界史アップデート/中国唯一の女帝・則天武后/官僚の実力主義を柱に」によると、14歳で太宗の後宮に入り、先の皇后や女官の幽閉、実子や姉を殺害、夫や息子の帝位を奪う。 690年の…

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卑弥呼の邪馬台国を現在に比定

 記紀の天孫降臨神話は、国生み神話の大八島国に始まりる。邪馬台国の卑弥呼は、宗教的に天照大神、神功皇后、推古天皇持統天皇(645 - 703)と重なるところがある。 院政と皇位継承で見られる持統女帝は、藤原不比等の助けを借り中国風の藤原京を造営して律令国家を成立する。また、日本国号及び天皇の称号を確立する。 https://smcb.jp/diaries/8997268  卑弥…

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卑弥呼の邪馬台国以前の渡来人国家

 卑弥呼の邪馬台国以前の渡来人国家が、先進的な稲作国家が九州中心として西日本に、又、東日本では縄文人と渡来人混血国家が展開していた。 そもそもとして、紀元前後の魏に使者を送る情報力を持った稲作国家の存在していたことに驚きがある。 吉野ケ里遺跡など北九州一帯に存在していたこと、飛躍すると古代イスラエル人による徳島説も有力であり、北朝鮮ミサイル発射で騒ぐEEZ湾岸諸国一帯が倭国だったとも…

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奥州藤原氏はどこから来た

 鎌倉幕府に先立つ奥州藤原氏の源流はどこか、皇統の桓武平氏及び源氏かかわる朝鮮半島、中国東北部からと考えられる。 4/11の読売/日本史アップデート(宗教都市・平泉の実相)によると、中尊寺金色堂を築く財力の金精練、青白陶磁など中国渡来出土品、僧坊中尊寺300,毛越寺600の僧員もその根拠の1つだ。 記紀による、百済の使者 (欽明天皇11年)は、百済王権に仕えた倭系百済官僚とか。百済本…

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能登畠山170年の内実性

 能登畠山の170年は、満慶が満家兄弟の「天下の美挙」であると賞賛された1408年(応永15)の家督譲渡から上杉謙信の七尾城攻め 内紛状態の没落1577年(天正5)まで。 一方、実施的な七尾城城主は7代義総(1491-1545)の30年が最盛期と推察される。 1408(応永15)年5月6日に将軍義満が死去すると、蟄居していた満家(1372-1433)が復帰した。 満慶(不明-1…

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家康の天下と幕末

 家康(1542~1616)の神髄は生き残りであり264年間の幕府・政体にある。 幕末のペリー来航(1854年)では、危機管理として伊豆半島の突端・下田港停泊を指定している。 発祥の地は群馬県太田市で新田源氏とされている。3代家光は世良田東照宮を1644年創建。また、子授け祈願地として鳳来山東照宮(1651年造営)、誕生地岡崎に滝山東照宮(1646年創建)する。 母とは2歳で生き別…

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継体持統の思想/富雄丸山古墳の祭祀

 奈良県の平城宮跡に古代の大嘗祭の舞台が確認された遺跡発掘がある。758年斎行の大嘗宮遺構(淳仁天皇)で、それ以前に、元正天皇・聖武天皇の大嘗宮遺構も見つかっているという。 富雄丸山古墳の類例のない祭祀品は、継体持統の思想に伴う藤原京から平城京遷都祭祀のためと推察できる。また、富雄丸山古墳の青銅鏡、蛇行剣が祭祀とすれば、平城京遷都に備える元明天皇の遷都詔命がある。 **https:/…

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人類が忘れた能力/乙川弘文の世界

 坐禅について乙川弘文は、「人類が忘れた能力」と語っているのですが、その言葉に続きがある。 私たちの生存が常に危機に晒されていた太古、人類の主な活動は坐禅でした。 あらゆる危険な動物たちや、毒のある食物、これらに囲まれた環境で自分の立ち位置を定めるために、私たちの祖先は、身体の全器官や感覚を“静”に保つ必要があったとしている。 説法にも、「それは、プラトンの『洞窟の比喩』と同じ…

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継体持統の思想/万世一系の皇統

 記紀の天孫降臨神話は、持統天皇(645 - 703)や元明天皇の院政と皇位継承に見られる。持統天皇も元明天皇も天智天皇の異母姉妹が即位して、孫にあたる皇子たちである。 諱は、母は遠智娘といい、母方の祖父が蘇我倉山田石川麻呂である。父母を同じくする姉に大田皇女がいた。13歳で叔父の大海人皇子(後の天武天皇)に嫁いでいる。 天智元年(662年)に筑紫国の娜大津で鸕野讃良皇女は草壁皇子を…

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人格の根本的な転回/宿無し弘文とジョブス

 S・ジョブスのアメリカ禅は、鈴木大拙(1870-1966)との関わりだと信じ込んでいる。ジョブズの「生涯の師」という「宿無し弘文」を読むまでは!!・・・、それは杓子定規の禅を忘却させるほどだ。 アメリカ禅は、直感が花開く/禅とは掃き清めること(ジョブス)や全世界が現れる/それまで気づかなかった新しいモノの見方ができるように転依(弘文)にある。  アメリカ禅の契機は、1893年のシカ…