古代以前の信州人は流浪の民であったのでは・・・

諸先輩方のお話参考に成ります。
只、平凡に考えた時、積雪3mの地や、ー10℃になる地に通年暮らしていたとは考えずらいのです。ましてや農耕を糧としていたとは・・・
故に、信州に定住民が現れたのは、それなりの文化や、リスクを負っても定住せざるをえない理由が出来てなのではないでしようか。

そう考えた時、善光寺や諏訪大社を、始は砦と考えるのが自然と思います。
善光寺は近畿地方からの進入を防ぐ砦。諏訪大社は東海地方・関東地方からの進入を防ぐ砦。

守るはのは木材や鉱石。

こんな説も面白いのでは・・・