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よくあるご質問

五箇山で縄文の家を見ました^^

先日、野尻湖人とナウマン象博物館を訪ねました。
その後
    糸魚川に悲劇のヌナカワヒメと対面し
        富山を通って、五箇山へ・・・

世界遺産 相倉集落で >原始合掌作り< の家を見ました。
100年前まで実際に住んでおられたそうです。
    ここでは縄文がまだ生きている!
           ビックリしました。

その後 「コキリコ」の歌と踊りを見たのですが
意味不明の不思議な歌詞・・・
   渡来人の暗号ではないだろうか・・・

コメント

ひらさん

2013年09月18日 20:48

イヴさんの古代史への思いが通じたのかもしれませんよ。おもしろい裏話まで伺うことができて!
 加藤松之助さんの奥さんのその時の気持ちを思うと、旦那さんを責めていいものか、喜んであげるべきなのか、複雑だったのでしょうね。「それはそれ!これはこれ!」と旦那さんに言い聞かせたでしょうね。目に浮かぶようです。

イヴさん

2013年09月17日 20:17

ナウマン象博物館のHPに

    最初に野尻湖底でナウマン象の骨を見つけた方「加藤松之助」さん・・・

と、書いてありました。

実は本当に奇遇ですが
この日、近くで旅館を営まれていて、朝の犬のお散歩中の女性と立ち話になりました。
私が「ナウマン象博物館」の場所をお訊ねしたところ、
お舅様が若い頃、妙高の温泉で遊びすぎて、朝帰りになり、奥様に家に入れてもらえず
野尻湖をうろつかれ(笑)湖底で「変なもの」を見つけられた・・・と
それを地元の小学校の校長先生に調べてもらったら、大騒ぎになった・・・お嫁に来てその話をお聞きになった・・・そうなんです。

加藤さんの息子さんの奥様にお会いしたのです!
HPの記載を読んでビックリしました。

笑い話のようですね^^
一期一会と申しますが
このような方に偶然お会いできましたこと・・・驚きました・・・**

ひらさん

2013年09月17日 16:30

「野尻湖人」ですね。この名は知らなかったのですが、某HPに気になる次のような記述がありました。
 「・・・ある発掘現場では、象の右側の骨だけが発見され、またある場所では、象の左側だけが発見された。・・・この不可思議なことから、象が機械的に二つに切り裂かれたと考えないと、全くつじつまが合わない。・・・優れた能力を持った民族が暮らしていたことは間違いない。・・・」
 ということですが、真偽はわかりませんが果たしてどうなのか、野尻湖人の歴史解明が楽しみです。

 ヌナカワヒメにはそのような歌があるんですね。このような興味を惹く歌詞を創作した、古代人に頭が下がります。

 私も韓国歴史ドラマを見たことがありますが、そう言われてみると、雉の羽が付いているところは似ていますね。ドラマでは帽子の横に張り出していたのかな? まあ、コキリコを踊るには垂直に付いていた方が安定するでしょうね。

イヴさん

2013年09月16日 15:50

ひらさん

その他にも・・・
コメントありがとうございます。

このときは目的が薬師岳登山でした^^
埼玉からですとアクセスが不便で、北陸道に出て、糸魚川を通ったのですが
通り過ぎることはヌナカワヒメに申し訳ない・・・^^

糸魚川の観光協会に立ち寄りまして資料をいただきました。
奴奈川神社と天津神社を教えて頂きました。
時間がなかったのでこの二つのみの見学でした(残念**)
古事記にはオオクニヌシの政略結婚の強要に答える
         悲痛なヌナカワヒメの歌があります。

オオクニヌシが妻問いをして、渋るヌナカワヒメの戸をこじ開けようとするが、夜が明けかける。
ニワトリが夜明けを告げて啼くと・・・

  「いまいましい鳥め!殺してしまうぞ!」 と脅しにかかる・・・

ヌナカワヒメは
 「いのちは、死なせたまいそ・・・**」と懇願します。
奴奈川神社はヒメの宮居だったそうですので
この切ない歌はここで詠まれたのでしょうか・・・
どなたかこの地方の伝説など教えていただければ・・・と思いますが・・・

原始合掌作りは驚きでした^^
ひらさんのおっしゃるとおり >豪雪地帯にとって工夫された住まい構造< と教えていただきました。
コキリコの歌詞は謎めいている・・・と勝手に一人でトキメいています^^
コキリコの男子踊り手がかぶる笠には長い雉の羽がついています。
先日韓国ドラマ(時代劇)を見ていたら、兵士のかぶる帽子には同じように
鳥の長い羽がついていました。
   似てるなぁ〜〜・・・なんて(笑)

写真は奴奈川神社です。

イヴさん

2013年09月16日 15:05

ひらさん!
ごめんなさい
   「野尻湖人」の大きな間違いです**
      お恥ずかしい限りです・・・

        皆さま・・・すみません・・・

写真は野尻湖の朝です〜〜

ひらさん

2013年09月16日 14:42

歴史を訪ねての旅を、良いコースを組まれて行って来られて良かったですね。 旅の楽しさも増えたのではないでしょうか。

 ところで、「塩尻人」とは、「野尻湖人」、それとも「塩尻の人」の意味ですか?

 ついでですが、塩尻市には平出遺跡があり、縄文時代から平安時代に至る5000年におよぶ豊富な出土品があるようです。 私は、親類が近くだったこともあり、子供の頃に行った記憶がありますが、かつては有名な遺跡だったようです。 現在でもHPを見ると、多くの家屋なども復元されており、見ごたえがありそうです。

 4万年前に野尻湖にいた旧石器人類(野尻湖人)は、どんな家に住んでいたのでしょかね。1万5千年前が縄文時代とすれば、それより数万年前ですから果たしてどうなのか?

 糸魚川のヌナカワヒメは、新潟県から諏訪地方を治めていた女神であるともいわれているようで、どなたか話題にあげてもらい、教えてもらいたい人物ですね。

 五箇山の原始合掌作りの家、このような構造は初めて見ました。
 このような住まいが永く続いたのは、豪雪地帯にとって工夫された住まい構造だったのでしょうか。

 日本最古の民謡と言われる「こきりこ節」の歌と踊りを、某HPに動画サイトにあり、それを見聞きすることができました。
 私の地方に民謡安曇節があるのですが、のんびり歌うのが似ています。
 イヴさんの言われた「意味不明の歌詞」ですが、それが特徴的なお囃子「デデレコデン」とすれば、HPに、これは「太鼓の音を表したものとされているようだ。」と説明がありました。

イヴさん

2013年09月15日 06:35

てれじあさん

住み心地はどうでしょうか・・・
  中をみたいです。
       窓が無い!・・・
 この形が基本で、やがて三階建ての合掌作りになっていった・・・とのこと・・・

相倉集落は観光客も比較的少なく 実際に住んでいる方も多いので
のんびりですが、カメラを向けるのは控えめに・・・というお話でした。

テレジアさん

2013年09月14日 21:46

こんばんは
すごい家ですね。
本当に100年前まで使っていたのですか?
30年ほど前にここに行ったことがありますが、この家には気づきませんでした。
また訪れてみたいです。