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よくあるご質問

素浪人の『万葉集漫談』(142)…国分寺、国分尼寺、そして新薬師寺の建設が始まる。

(142) 世間(よのなか)は 数なきものか 春花の
       散りの乱(まが)ひに 死ぬべきを思へば
            巻十七・3963 大伴家持
大意・ 人の世は、まことにはかなく取るに足らぬものという気がします。 こうして春の花が散り乱れているなかに、さびしく命を終えて行く自分のことを思いますと…。

解説・ それは家持が越中の守として赴任した翌747年年の春。まだ妻も居ない館に重い病気を患って,独り寝込んだ時の歌です。この前年に仲の良い実弟の大伴書持(ふみもち)を亡くしており、よほど心にこたえたのでしょう。長歌に続く短歌2首があってこの歌はその1首です。

747年には東大寺大仏の鋳造が始りますし、国分寺、国分尼寺の建立が、諸国に命じられています。聖武天皇の病気平癒を祈願して光明皇后が創建した新薬師寺も、この年です。

(142’) 珠洲(すす)の海に 朝びらきして 漕ぎくれば
          長浜の浦に 月照りにけり
         巻十七・4029 大伴家持
大意・ 珠洲の海を早朝に漕ぎだして船出をしてくると、巡視の仕事に日も暮れて、もう長浜の海辺につくと、明るい月が照り映えているではないか。

解説・ 病気であれほど弱気になっていた家持ですが、国守の仕事は避けられません。出挙(すいこ)という、農民に稲を春貸し付けて、秋に利息をつけて返済させる消費貸借(当初、農作奨励の制度がやがて徴税に形へ移行した)の仕事のための巡察をしていたのです。
大変心の重い任務ですが、能登半島北端かの美しい景色に心もほだされたか、なかなかの名歌を生んでいます。この旅には9首の家持の歌がありますがこの歌はその最後の作品です。
748年(天平20)の正月のことです。
そして、この年4月には元正太上天皇が亡くなります。

カテゴリ:ニュース・その他

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