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よくあるご質問

英語達人? の日記

Oという人の日記についてまた書かねばならない。
1つには、よい点とよくない点の両方を見るため。
1つには、私の翻訳文を見てくれたDouglas S. Jarrell(名古屋女子大教授)による修正個所への追加である。

「よい点」。

日本人の英文は複雑で分かりにくい、といったこと。
日本人の英文は、関係代名詞が多い複雑な英作文になりがちだ、とわたしも思う。

「よくない点」。

事実ではないことをかいている。
「日本語を翻訳して英語を書くと」「おかしくなります」とある。
翻訳家の英文はみんなおかしいのだろうか。
わたしの翻訳文をこの人は良いも悪いも分からなかったではないか。

「英文法をやる人ほど 変な英語を書きます」とあるが、どうであろうか。
「英文法をやる人ほど」ではなく、「英文法の学習だけの人」が未熟な英文を書く、とわたしは思う。
英文法の学習にくわえて、翻訳法も勉強し、さらに英語人の英文を参考にすれば、よりよい英語が書けるとわたしは考える。

「本当の英語」と書いているが、「本当の英語」とはなにか。
この人は、自分やNative人の英語を「本当の英語」としているようである。
そしてその英語が正しいことを前提にして、日本人の英語を「おかしい」というが、それは「おかしい」。
なぜならば、Native人の英語の弱点として、スペルミス、主語と動詞が離れた文のSVの不一致、規範・記述文法上のまちがいが日本人の英文翻訳家から指摘されている。

Native人による語感はたしかに優れている。
しかし、この人の語感はすこぶる「おかしい」。
わたしのまちがい単語に気づいていないのだから。

わたしの英文には “glaring”「(怒りで)目が光る」を書いたが、これは間違いで、 “staring”「(恐れで)目をひらく」が正しい。
実は、Douglas が教えてくれていた。
英語の国に根をはって、日本人の英語を批判する本人がこれに気づかないのは驚きである。

文章の論理性も見る。

「本当の英語は丸覚え丸暗記が一番で 知っている文章を必要なりに 改造するのが一番ですね」とある。

「丸覚え丸暗記が一番」とはなにか。
Native人のまちがい英語をそのまま「丸暗記」したほうが良いのだろうか。

さらにである。
日本に生まれ、日本に育ち、日本語でものを考え、日本語で生活している日本人に英語の「丸暗記が一番」といえるのか。
例えば、「日本人の性格」や「脳腫瘍の医学的予防」を書こうとする日本人が、内容豊かな英文を「丸暗記」からいきなり書けるのであろうか。

つぎに、日本人であるこの人が書いた日本語の「おかしい」のをみる。

「知っている文章を必要なりに 改造する」とある。

これは1例で、この人の文章は空白だらけだが、この空白は「わかちがき」のつもりで書いていると思われる。
「わかちがき」とは、ほんらい漢字の読めない人のための技法である。
「わたしのたんにんはおかもとなおというなまえです」では分からない。だから、
「わたしのたんにんは おか もとなお というなまえです」と わかちがき にする。

もしテン(、)の代わりの「わかちがき」なら、テンの打ちかたを学んでからにするとよい。
「を必要なりに 改造する」は、いらぬテン(空白)である。

「で観てますとあんな易しい英語を」では、テンを打ち、日本語も変える。
「で見ていると、あんなに易しい英語を」とする。

日本語の語感も「おかしい」。
口語調で書かれているこの人の文のなかで、「文章を」「改造」するのはおおげさである。
「文章を作りかえる」のほうが、ほかの文章ともつり合いがとれる。

さらに。
日本語では、まる(。)を打ったほうがよい。
「発想を日本語でやらないことに限ります ですから英文法をやる人ほど」というように、(。)も打たずに、行も変えず、つづけざまに次の文を書くのはとても、とても「おかしい」。
もし英語にピリオドがなければ、万人に笑われるであろう。

ほじくりだせばいくらでもでる。

さてまとめ。
この人の日記の「良い点」と「良くない点」をみた。

「良い点」とは、日本人英語は分かりにくいといったこと。

「良くない点」の一括表現は、「そういうあんたはなんなのさ」である。
自らの英語サンプルを示さない。
わたしの翻訳文を評価できないのに、日本人の英語を「おかしい」という。
言うことに論理性がない。矛盾が多い。
他人の文を批判するだけで、自らの日本語の劣悪さに鈍感なままである。

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