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よくあるご質問

騒乱のリビアから、涙のメッセージ・・・(前編)

リビアで反体制派が蜂起して内戦が始まり3ヶ月が過ぎた。

地中海に面したリビアの首都トリポリを出発しサハラ砂漠縦断に挑んだのは2 年前。チャド国境まで南下してベンガジへ北上する途轍もない旅で、サハラの壮大で圧倒的な美しさは他にたとえようも無く、テントでの10 泊さえ心踊り、私の人生観も世界観もことごとく変えてしまった。
(日記は2009 年2月から5月まで掲載。アルバムは3月から6月まで9回UP)

その時の添乗員のT さん(サハラ専門の女性TC)から次のような手紙が届いたのはアラスカから帰国直後、大震災の前々日であった。

【私は6 人の参加者と共に2月25日にリビアの旅から帰国しました。私達は22 日に砂漠を出て800kmの道をひた走り内戦をかいくぐりつつ、リビアを脱出した「最後の日本人観光客」でした。ガイドのジェラールもドライバーのアレフも自分達の危険も顧みず私達のトリポリ空港からヨーロッパへの脱出に最後まで力を尽くしてくれました。】

(※補足:2月15日発3月4までのコースの筈だが22日の内戦勃発で旅を中断し間一髪でヨーロッパ行きに搭乗したのだ。空港の大混乱は想像を絶するものであったに違いない。)

【涙&涙の別れとなってしまいましたが、いつものスタッフ達から今までサハラ縦断に参加した人達へのメッセージを託されてきました。】

≪親愛なる日本の皆様へ≫
『砂漠を愛する日本人を美しいサハラにご案内したこの10 年間は私の人生の宝物になりました。世界で一番優しく綺麗な心を持った日本の人々と出会い、理解しあえた事は生涯の喜びです。
今リビアは混乱し私達も困難な時間に堪えなければなりません。電話もインターネットも閉ざされるでしょう。でもどうか皆様いつまでも私達を思い出して下さい。
そして平和が戻ったらまた一緒に砂漠の旅をしましょう。必ずその日が来るように皆様も祈って下さい。ジェラール・アザビより』
(※補足:ジェラールは砂漠のツアー会社を立ち上げ、自らナビゲーターとして卓越した力量を持ち信頼も厚く、優秀なスタッフが彼の元に集まっていた。)

『私の人生で初めて深く関わった外国人は日本人でした。観光業の経験の無かった私が皆様と砂漠の魅力を発見する旅が出来た事は私の誇りです。幸せな時間を有難うございました。
リビアに平和な日々が再び訪れる事を祈って下さい。また会える日を信じています。アレフより』
(※補足:アレフはスタッフきっての砂漠ドライバーで、クルマで砂丘を上り下り出来るのは彼だけ。)

【コックのベラをはじめ他のスタッフ達からもたくさんのメッセージを預かって来ました。3月1日に1 度だけジェラールと電話が繋がりましたが、銃器武装兵に包囲され町は破壊し、3時間探し回っても一切れのパンも家族に持ち帰れず、食料が底を尽いているのに、市街戦と無差別空爆で外へ出られない暮らしだそうです。】

(※補足:他のスタッフ達はどうしているのか。生死さえ分からない)

長くなりましたので、この続きは後日に書きます。
サハラのアルバムをダイジェストに再UPしました。
ざっと眺めて頂ければ嬉しいです。

http://smcb.jp/_as01?album_id=800524

写真:ガイドのジェラール。ドライバーのアレフ&モハメット

カテゴリ:旅行・お出かけ

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