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よくあるご質問

リビアの友人達へ・・・・・(後編)

【リビアの内戦が始まって4 ヶ月以上経ちますが、サハラのスタッフの皆さん、今頃どうしていらっしゃいますか?とても心配です。でも、なにをしてあげる事も出来ません・・・。】

※砂漠縦断中の緊急事態発生に、間一髪でリビアから脱出して帰国した、添乗員・Tさんの息の詰まるような手紙を、5月25日「騒乱のリビアから涙のメッセージ」に記した。
自分達の危険もいとわずヨーロッパへの脱出に全力を尽くしてくれ、涙の別れとなったサハラのスタッフ達からのメッセージである。
その後、ガイドのジェラールと電話が1度繋がっただけで、他のスタッフ達の情報は分からず生死さえ定かでは無かった。

6 月下旬、旅行会社に電話で様子を聞いてみた。
Tさんはタンザニアへの添乗で不在だったが、リビアのスタッフ達は幸いにも家族と共に安全な地域に避難し、みんな無事である事を知り、ひとまず安堵している。
10日間寝食を共にし砂漠中を駆け巡り、身体を張って私達に尽くしてくれた10名のリビアの友人達を生涯忘れる事は無い。

とりわけ、他国に旅立ってしまった私のスーツケースが砂漠の奥地まで届いたのは、まさに奇跡であった。後で聞いた話だが勘だけを頼りに夜の砂漠を走れるドライバーを手配するのに難儀したという。

スーツケースの一人旅&奇跡の生還の日記です。
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http://smcb.jp/_ps01?post_id=529871&oid=17845
http://smcb.jp/_ps01?post_id=558853&oid=17845

※コックのベラは日本風の卵焼きがとても上手だった。ドライバーのアフメットはとんでもない高い岩に登ってはみんなを驚かせて喜んでいた。遊牧民ガイドのサーレムは罠でガゼルを捕らえ、彼の予想通り翌日には子供も罠に掛かっていた!

ポリスらしからぬ風貌のナジは、身体のどこに拳銃を隠し持っていたのか最後まで謎だった。上流階級育ちで周りから「坊ちゃま」と呼ばれていたオマルは、お茶を入れる作法はさすが優雅であったが、なぜツアーのドライバーに〜?

【日本は世界一CleanでSafetyで秩序ある国だと絶賛していたスタッフの皆さん。日本も大災害という危機に直面し復興に向けて国民が全力をあげています。原発は難題ですが何としてでも収束しなくてはなりません。リビアと大きく異なるのは戦闘の無い事・・・これが唯一の救いです。世界中に一日も早く平和が訪れるよう心から祈っています。いつの日か一緒に砂漠の旅が出来る事を願いつつ・・・】

※国際刑事裁判所からカダフィ氏に逮捕状が出た。政権の形勢が悪化しカダフィ氏に逃げ場は無くなったが、リビア国内に身を隠し今なお抵抗を続けている現状では、反体制派が勝利して身柄を拘束しない限り逮捕は困難である。

若干27 歳にして革命を成し遂げ、リビアの英雄であった筈のカダフィ氏が、41 年も傲慢な独裁政権を振りかざした挙句、皮肉にも革命によって滅びるのであろうか。

原油生産が停止して国民が益々貧しくなる中、反体制派の根拠地・ベンガジでは、旧王国の三色旗をデザインした衣類やアクセサリーを売る土産物店が大盛況で、市民は自らを励ますように「革命グッズ」で身を飾っているという。

サハラ・アルバムのダイジェスト・後編です。
スタッフの紹介と、面白い写真を集めてみました。
(枚数が多くなりましたので適宜スルーして下さい。)
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http://smcb.jp/_as01?album_id=829868

我が家の今年のバラ↓↓↓

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