前を行く自転車が、私を振り返る。
「あ~、だから今夜だけは~」
いい気になって歌いながら自転車を漕ぐ。まだNHKホールの余韻は消えていない。
今度は坂だ。いつもは自転車を降りるが、立ち漕ぎで登り切る。
「あら、二三日見なかったわね」
これだから介護の仕事は面白い。一ヶ月も私はいなかったのに、婆様にはほんの二三日なのだ。
入居して何年経ってもまだ一ヶ月くらいしかここにはいないと婆様は言う。
寝た切りだった婆様が亡くなっていた。気難しい婆様だった。意識も記憶もしっかりしていたが、寝返り一つ自力ではうてなかった。不機嫌にもなる。
私は一度も笑顔