『東北の歴史』読んでおります・・・。

「東日本大震災から10年の想い」という題で、原稿依頼があった。
貞観11年の津波被災記録が『続日本記』に記されて、和歌には「末の松山浪越さじ」と詠まれた。
それ以前から、6500年も前から、縄文土器群が松島湾内に遺されているから、宮城県の海岸地域には、津波が来る地域と松島湾のように津波が来ない地域があることが解っている。

今一つ、平泉の地名は、初代・藤原清衡が命名者であり、仙台の地名は伊達政宗であることも解った。それ以前は衣川、仙台は荒巻村はじめ、5ケ邑の真中に城下町として区画整備された城下町であることが解っている。

共通するのは、町の水路が津波と関