自覚と自虐は似た物同士なのかもしれないと思った件

五十を過ぎて尚、天命を知るでもなく
六十を過ぎて尚、素直に耳従うでもなくて
未だ、心はいつも惑うばかりで
耳従うべき歳を経ても尚、自分の何たるかさえ知らず

それでもただ月日は流れ行き
願うと願わざるとに関わらず歳だけは重ね行く

嗚呼、人生の虚しさよ

せめて君が永劫ではないことが救いになろうとは


と、まぁ

難しくっぽく書いてはみたけれど
とどのつまりは
言うほどの人生を送れていないということを
それらしくただ並べただけで
まさにそれこそが私の過ごしてきた人生を
ものの見事に言い表しているんだろうと

ふと、思ったりしてみるのです

誰か「違うよ