井上靖 文人戦闘家としての心痛

(井上靖全詩集 新潮文庫)から
     ー葡萄畑ーから抜粋
 「戦闘が烈しくなると、必ずちらっと鳥影のように脳裡をかすめる思い出があった。本州の北のはしの小さい都会、そのまた北の郊外の葡萄畑で、友と過した十数年前のある日ひとときの記憶である。その時私たちは明日の試験を棒にふって、有機化学のノートを枕にして、神と愛と中世とギリシャについて語りあっていたのだ。蓬髪の下の瞳はつぶらで、頬は初々しく、その周囲で空気は若葉にそまり、時は音をたてて水のように流れていた。怠惰で放埒で、純粋で高貴であった一日!〜」

この詩の続きは、井上靖と「高貴であった一日!」を過