日本語になった事柄 1 洞ヶ峠を決め込む 本能寺の変の後、明智光秀の軍と秀吉の軍が、山城国山崎において激突した。 山崎の戦い、あるいは、天王山の戦いともいう。 この時、明智、秀吉の双方から加勢を依頼された大和の大名、筒井順慶は、 山崎の南方にある洞ヶ峠まで兵を進めながらも、 最終的には、どちらに付くか日和見をしたという。日和見する事を「洞ヶ峠」あるいは 「洞ヶ峠を決め込む」といい、普通の日本語に…
高天神城・・ 守将は 岡部元信 今川の名軍師 太原雪斎の幕下で 多くの戦を勝利に導いた名将です。 雪斎の指示のもと・・ 信長の父 織田信秀にも完勝し、信長の兄を捕らえ 幼い家康と人質交換し 家康と三河を今川のものにしました。 雪斎が 寿桂尼の謀略で 今川義元から遠ざけられ 隠居し亡くなった後も 岡部元信は織田の尾張領から 今川を守り抜いていました。 で 桶狭間の合戦の折 元信だけは 織田の…
武田勝頼・・信玄の庶子で 四男 異母兄で 武田家後継者であった武田義信が・・今川侵攻の是非を巡り 信玄と対立 、自決に追い込まれ 勝頼が信玄の指名で後継者と定められた。 信長の姪である正室の竜勝院殿との間に 嫡男・武王丸(信勝)が誕生する(妻は肥立ちが悪く逝去) ここで気をつけてほしいのは・・勝頼には武田家の通字 、信の字が名前に入ってない事。 嫡子で・・母が正室で公家であった義信は…