「告別式」の日記一覧

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昨日の告別式

昨日は老人会会員Sさんの告別式でした。彼女は昨年夫君を亡くしたところでしたので、最初は信じられなかったのですが、肝臓が以前から悪かったようです。何度も会長として式には参列していますが、孫さんが号泣、嗚咽されるので柩の蓋がなかなか閉められなかったことは初めて。告別式の間もずっとハンカチで目頭を押さえ泣き通しでした。  昨年の夫君の告別式の時も男孫さんが泣いていました。今度は女孫さん。喪主の御子息…

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スピード違反でも

一昨日の英会話でのエランガ先生の逸話です。ある日、先生は急いで目的地に向かいハンドルを握っておられました。その日は、愛知県某市の英語弁論大会の審査員の務めを果たすため、会場に向かわれていました。その前にも用事もあり、時間がありません。猛スピードで運転していると、当然パトカーの追跡を受けることになりました。どのくらいのスピードであったかは、「言えない」とか。  パトカーの指示に従い、車を脇に止め…

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またまた告別式

今年度は3人目の老人会員の告別式です。23日亡くなられたSさんは、平成天皇と同年、同月、同日生まれ。宮内庁から記念のカップもいただいておられます。農業高校を出られて農業一筋。65年くらい前、昭和天皇のお母上の皇太后陛下が農業視察に来られることになっていたのですが、高齢のため何かの不都合がおこり、中止になってしまいました。亡母は、我が家の前をお通りになるからと草ひきなどしておりましたが・・・  …

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ある告別式

友人のOさんのお姑様が94歳で亡くなられたので、冷え込んだ昨日、友人と告別式に出ました。  ご逝去されたのは12月8日。その日はご主人のO氏のお誕生日。家族ですきやきやケーキでお祝いの準備をしておられると、もともと心臓が悪く入退院を繰り返しておられたお姑様は、突然苦しみ始め、救急車を手配。病院に着いたら暫くして亡くなられたそうです。曽祖父の方もその日に逝去されているらしく、その日はO家にとり、…

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S子さんの告別式

昨日は老人会会員S子さんの告別式が営まれましたので、夫と二人で参列しました。行年82歳。まだ8月に彼女の畑で会ったばかり。畑までは車でいつも行かれていました。畑はお墓の近くにあるので、花を供えるとき、よく会うのです。体調が悪いので、来週入院しようかしら、と言われていた矢先、突然悪化したので、救急車をを呼んで病院へ。これこそピンピンコロリでした。長患いせず、羨ましい死に方です。周囲は驚くやらであわ…

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地震~こむら返り~くも膜下出血~晩御飯

今日、家内はお礼返しに川崎の私達の共通の友人を訪ねてランチすることになっていました。朝、TVの地震報道を見ていたら、次女から次女の級友の母親で家内とも仲の良い方がくも膜下出血で亡くなったので、告別式に家内も一緒に行くかと言って来ました。家内が「今日は先約があるからダメ」と言った直後、川崎の友人から電話で「昨夜、ひどいこむら返しがあってまだ痛くて歩けないから」とドタキャンの電話がありました。私が電…

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無宗教でお別れ式済ませました その1

一週間前 連れ合いが亡くなりました ご近所さんに送っていただけるように 自宅葬を無宗教で行いました 早くから 少しずつ準備をしてきましたが 肝心の祭壇のイメージがなかなか 湧きませんでした 〈写真〉 祭壇の後ろの壁面は 箪笥を後ろ向きに並べてあります 白生地は沢山あったのですが ホームセンターで壁紙を6m買って垂らしました 富士山のポスターは若い頃転勤で山梨に住んだことが有り その時の仕事仲…

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栗山さんご逝去

突然こういうことも起こるのかと、今も信じられません。毎年夫の友人の栗山さんは版画展に出品し、年賀状も版画で出され50年。つい去年も会ったばかりなのに、そして来月は夫とゴルフの予定をしていて、日にちを決めたばかりなのに、昨日は彼の息子さんからのご逝去のお知らせにびっくり。昨年秋は夫の体調不良でゴルフは春に延期。今度こそ3人で行こうとしていたのに・・・3人は大学の同期で80歳。この年になれば何が起き…

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先生の告別式

昨日は、WFWPで長くお世話になった長谷川先生の告別式でした。享年83歳。癌摘出手術の半年後、旅立たれました。多くの教え子に見送られて・・・教育者としての一生を全うされました。やはり教育者であったご主人は4年前に旅立たれています。式場だけでは入りきれず、受付の部屋まで椅子が持ち出され、そこに座ったため、写真は遥か彼方の祭壇です。追悼の言葉は、退職校長会長。先生ご自身もかつては、退職女性校長会長。…

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義母の死

10月下旬に家内の母親が亡くなった。今年の夏頃までは食欲もあり、月に1度は施設から外出して、家内の実家で義父母と4人で昼食、夕食を一緒にするのが通例になっていた。この状態が、いつまで続くのかと思っていたら、9月に義父の白寿の祝いの頃から、食事が細くなり、元気も徐々になくなっていた。 義母は認知症が進み、自分の娘ですら認識できなくなっていたが、白寿の祝いの席の前後で、自分の妹二人に会い、夫の祝い…