「魏志倭人伝」の日記一覧

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倭人伝に惟う

邪馬台国は九州には存在しないことを8年前の趣味人日記で述べたが、この考えに賛同できない方が大変多いと見えて、世間では邪馬台国所在地問題は未解決であるとする風潮がマスコミにもある。 そもそも邪馬台国が注目され始めたのは、江戸時代に外圧が強まり、国家というものが強く意識され、日本の国が依って来った淵源を考えることから国学が勃興し、 倭のことが比較的詳細に書かれているいわゆる魏志倭人伝が研究対象と…

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古代史 アマからの私考私擬 6最終章

今月、吉野ケ里遺跡で弥生時代後期とおぼしき石棺墓の調査があり、すわ邪馬台国の九州説が有力か?とニュース番組の話題になりましたが結局この墓石からは何も出てこず、卑弥呼と邪馬台国の所在は又もや、北九州か畿内大和地方かの論争に決着が付くことは無い元の状態となりました。 小生の古代史の私考私擬の最後として、現在まで歴史家、学者及び作家の諸氏の、数々提唱されたものが何の決着にも至ることが出来ないのは…

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魏志倭人伝の里程の真相(邪馬台国)

 魏志倭人伝には、九州の事が詳しく記述してある。特に里数は、現在にも残る有数の手がかり、調べてみると、大陸との距離も算出できるヒントが残っていた。歴史家のほとんどが、一寸千里法も真髄に気がついていない。  ここでは、少しずつ 里数は何なのかを説いていく。

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古代史への周回 アラカルト 6

やっと具体的な年代としての記述は、やはり中国資料から解かざるを得ません。 古事記日本書紀の神代からは初代の天皇ははたして、何年ごろ所在したのかは解りようが無いのです。 倭または倭人としての記述の、最も古いものは中国最古の書と云われている 山海経 に紀元前300年から500年頃と思しき頃の記述として 「蓋国は鋸燕の南にあり それは倭の北であり 倭は燕に属している」 とありますので蓋国は北朝鮮、…

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縞瑪瑙乳白色に碧涼し

 麻刈りて男体山をはるかにす  平橋昌子  近江にて風立つ麻の葉むらかな  石脇みはる  下野一望雲あし迅き麻を刈る  益田寿美子  麻の葉のきりこみ深く涼徹す  大野林火  明るくて向う透けたる麻畑  田川飛旅子  灰播いて風のおこりし麻畑  水野恒彦  珊瑚色麻の涼しきドレス着る アロマ  麻刈るや夕べの水の旨かりき  雨村敏子  麻畑国民学校理科授業  遠…

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ため込んだ古代史への周回 5

この10日間で、コロナ騒ぎが重大事項に為るか為らぬかの瀬戸際に来てしまいました。特に首都圏の皆様の生活範囲の縮小が今後如何様になるのか想像もつきません。関西圏も大阪、神戸を中心に生活圏の縮小が始まっています。句会もお絵かきボラも中止で始まったお花見も自粛しています。 さて卑弥呼から始まる日本及び倭人の歴史が、朝鮮半島南部の弁韓伽耶の成立と重大な関連があるのでは?という提言をいたしました。それは…

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歴史上の人物は尊敬の対象となりうるか

時空歴史再生産の事例② 邪馬台国の女王・卑弥呼については、中国の史書、魏志東夷伝倭人の条に、鬼道を能くし人心を惑わすとあり、 この書き方からだけから考えると、恐ろしい魔女の印象が先に立つ。 卑弥呼はこの呼称で日本の史書には出てこないから、歴史の時間で教えられたことは無かったが、 日本の歴史を再検討する上で、マスコミなどにも多々取り上げられてきており、 現在では、どのように教えられている…