「街道」の日記一覧

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☆「ようこそ坂と軽便鉄道のまちあげきへ」せっかくだから少しだけ町歩き【阿下喜】

街道沿いの宿場町として栄えたとあるがなんとも心寂しい 古い家屋がほぼ残されていないのがやはりポイント低し 奥へ進んで行っても獲物少なく思えキリのいい辻で引き返した 奥まった街道の宿場町はかなりな確率で劣化する運命たどるね

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★街道歩きとしては肩透かし人にはお勧め出来ないかもかも【参宮街道】

お伊勢参り華やかなりし頃この道を年間何百万人もの旅人が行き交った 古市は「精進落とし」の地として知られ江戸時代には妓楼70軒、遊女1000人と比類ないくらい賑わった 江戸の吉原、京の島原、と並ぶ三大遊廓と呼ばれるだけのポジションにあった そんな下準備あれば街道筋になにがしかの期待を抱いて当然ではある さて「猿田彦神社」横手からゴールと決めた宇治山田駅に向かい元気良くス…

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☆村境にある一本松なぜかかっちょよく聞こえる三代目【海老塚一本松跡地】

近江地方金堂村と竜田村との境目にある一本松がこの日記の主役なのであ~る 現在においては重要な役目を果たしていないようだが昔々ならいろんな意味であれこれあった事だろう 地域住民に成り代わりまして部外者の私が一筆献上させていただきませう

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☆マップに記された古い町並み目当てで街道を行く【旧備前街道】

数年前ならもっともっと古民家が現存していたはずだが更地多く時期を逃した 奇妙な「ビートルズ博物館」と「古民家旅館」のみが彩りを遺していた 「オルゴール館」なる建物あったが営業はクローズしたように見える 道幅の広さからして往時はかなり賑わった街道筋だった事だろう 旅人目線でしみじみ歩く楽しさが街道歩きの極意だと信じて初見の道を今日も明日も明後日も歩む ※兵庫県赤穂…

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☆地味な史跡でも拾い食いする貪欲さが私の持ち味【旧京街道の石橋】

奈良と京都を繋ぐ京街道その佐保川にかかる石橋は1650年奈良奉行所によって架けられた お伊勢詣りの参拝道としても重要な役割を担って来たようだ 大修理があったにせよ今でも現役で使用されている 感慨深く立ち止まっているのは私ぐらいだが貴重な文化遺産だと感じもらさず日記に書き記す

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☆キャッチフレーズ「東海道名主の館」はもち有形文化財【由比宿 小池邸】

富士が見える由比を散策していたら私好みの古民家と出会えた 入館無料なら当然のように悠然と玄関をくぐる 管理人のお姉さんがマンツーマンで付近の説明をしてくださる 土地勘まったくない場所だし大助かりだった 名主とは土地の名家、宿場町を取り仕切るする立場だと聞いた 地味だがどっしりと座りの良い明治建築、町がしっかり管理保全されているから今後も安心だ

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☆私としたことが重要ポイントを見落とす大失態【西高野街道散策】

大阪メトロ「なかもず駅」で降りて西高野街道を歩く 簡素なマップだけを持ち下調べ不十分が災いした 帰宅して復習していたらここにはあの戦国武将筒井家末裔のお屋敷と大くすのきあったんですね いったいどこを見て歩いていたのやら情けない 立派な「石田家」の方に気を取られてしまっていたのかもしれない 必ず再訪問してお屋敷と巨木にご対面しておかねば・・・・・

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☆歓楽街になる以前は水上交通の起点だった事偲ばれる【のだばし址】

京橋のこの通りは元々「鯰江川」の川筋だった 寝屋川と平行して流れるこの川は川幅が30mあり鯰が多数棲息していたと言われる そして京街道で鯰江川にかかっていたのが野田橋となる 旅人行き交い繁盛していたのは江戸から明治今では忘れられた石碑扱いと言える

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☆交通のかなめ大阪京橋を知る旅は道標に沿ってスタート

京阪モールのすぐそばに目立つ道標がある 「右 大和」「左 京みち」 京街道と古堤街道が交差する地点がここになる 古堤街道は野崎観音詣でのために作られた街道筋、地味に重要だ 「酔客の帝都京橋」何十回と前を通過していた私だが案外この碑の存在には気づかないものだ