俺は心の中で三浦美樹さんごめんなさい!と何度も言いながら、さやかを背負って前かがみになった姿勢で新宿区役所通りを通り過ぎ、大久保方面に広がるラブホテル街に向かった。 そして、いちばん高そうなホテルの一番高い部屋に突入してさやかと朝まで過ごした。 第7日目 翌朝、俺とさやかはルームサービスの朝食を食べホテルを出た。 昨日の晩はほとんど一睡もせずにさや…
俺がさやかをタクシーから降ろそうとしたらタクシーのドアが締まった。 「ゴールデン街で朝まで飲むんだよ。 若い女の子じゃやばい所だよ。 来るの?」 家に帰ろうと思っていたがさやかについて来られたらやばい事になりそうなので咄嗟にそう言うとさやかは、いくぅ~!と言うと俺にしがみつき、そのままぐったりして目をつぶった。 俺はため息をついて運転手さんにゴールデン街に行くよう…
第六日目 翌朝すっきりと目が覚めた俺が時計を見ると午前8時だった。 今日はアルバイトは休みで夕方から合コンだ。 俺は昨日のピストル騒ぎを想い出して布団の中でくすくす笑った。 アルバイトを始めた頃の、もう辞めよう今辞めようという思いがすっかり心の中から消え失せて、逆にピストル騒ぎを経験して、やっと俺も一人前かな?などと密かに誇りに思っている自分がいた…
俺たち店員に重苦しい緊張感が漂う中、新しく入って来た客達は本当にフォーカードやストフラがバカスカ出て、結構皆が勝っていた。 少なくとも役がかなり出るのでストレートにどんどん負ける客はいなかった。 負けているのはアホみたいにダブルアップを負けるまで叩き続けるニシカワくらいだった。 周さんがストフラとフォーカードを出し、フォーカードを叩いて当ててほくほく顔になった。 …
第五日目 朝、目が覚めて朝食の用意をして食べたあと、窓のサッシに隠した封筒の中の10万円に昨日の給料の残りの17万3000円の内、16万円を封筒に入れて、合計26万円が入った封筒をサッシに隠すと、残りの1万3000円を財布に入れた。 昨日買った服を袋から出して衣紋掛けに掛けた。 明日は合コンだ。 俺は時計と頼んでおいた靴が間に合わない事が残念だったが、生まれて…
第四日目 翌朝は7時にすっきりと起きた。 顔を洗ってパンをトースト。目玉焼きとベーコンをカリカリに焼いた奴と、トマトときゅうりとセロリと玉ねぎで簡単なサラダをつくり、インスタントのポタージュスープとオレンジジュース、コーヒーで朝食を作った。 モノマガジンやファッション雑誌を眺めながら食事を済ませて洗い物をして着替えを済ますと、雑誌をかばんに入れてアパートを出た…
パク達はちびちびとゲームをやっていたが、その内にパクの連れのキムと言う、俺のポケットから封筒を抜き取ろうとした男が叫んで立ち上がった。 「すとふらー!おおお!すとふらー!」 「おめでとうございます!」 俺たちが叫んでご祝儀やポラロイド写真の準備をする。 ワタリがご祝儀の一万円をツダから受け取ってポラロイドカメラと黒い筒を抱えてキムの所に行った。 パク達が喜ん…
ワタリがむっつりした顔でドアを開けるとニシカワがチンピラを連れて店内に入って来た。 「なんでぇ、一つしか空いてねぇのか」 ニシカワはチンピラと空いているゲーム機に行き、チンピラを座らせた。 「おい、こいつに入れろよ」 俺は伝票を持ってゲーム機の所に行った。 「当店は初めてですか?」 「あ、は、はい」 チンピラはいかにもチンピラという服とはかけ離れ…
俺はコンブ茶を持って行きニシカワのゲーム機に置いた。 ニシカワはゲーム機の画面を睨み付けながら憎々しげに言った。 「さっきの日本茶も置いとけよ。 ったく気が利かねぇ店だな」 ゲーム機のボタンをバシバシとひっぱたくニシカワの後頭部を思い切りひっぱたいてやりたい気分だ。 俺は軽く深呼吸してから身をひるがえしてカウンターに戻る時に、ワタリとツダがニシカワに向…
やがてツダもやって来た。 出入り禁止を宣告された男はポラロイドカメラで写真を撮られ、サインした紙を渡すと不貞腐れた態度で店から出て行った。 早番の店員が上がって、マエダが紫スーツの男と何か話しながら封筒を渡して一緒に店から出て行った。 入れ代わりに、やしきたかじんそっくりなアンジェラさんと言うおかまがやって来た。 今日の彼女?のいでたちは俺と大して変わらない身長…
「お前ら!どこの組のもんじゃー!」 階段を駆け降りる俺達の背後から苦し気な怒声が聞こえて来た。 ワタリが階段を降りると階段の横に身をひそめて待ち伏せの態勢をとった。 確かにそのまま逃げると男がえらい勢いで追いかけてくるだろう、しかし、俺はあまりここで時間を取られたくなかった。 「いいかね、やるだけやったら素早く逃げる事です。 30秒以内にそこから立ち去りなさい。…
しばらく歩くと区役所通り沿いのスナックやパブやクラブばかり入っているの看板がずらりと並んでいるビルの前に着いた。 「ここっすよ」 ワタリが言い、エレベータで5階に上がり「Z○○○」と言う店の前に立った。 とても高そうな店構えでドアの所にさまざまなクレジットカードのステッカーと共に「会員制」と記された札が付いていた。 貧乏学生の俺はもちろんこんな高級な店…
時計の針が12時30分を廻った。 店内はますます混雑してきて、カウンター脇のソファーではゲーム機の空き待ちの客が5人になった。 そして、俺が常連客に紹介される度に佐久間さんの話題が出た。 お客の中には一時期テレビに出なかったけれどまた人気を回復したあるグループサウンズのメンバーだった頭の毛が薄い人とか、売れない芸人に無茶ぶりの企画を押し付けるテレビ番組のプロデューサ…
にやついたワタリが自分の左側の眉毛のあたりを指さした。 そこには眉毛のあたりにえぐれたような古傷があった。 「点数入れている時にリサさんがいきなり発狂してボールペンで刺したんすよ。 あははは」 「……そそそそんなことして出入り禁止にならないんですか? 「いやぁ、すぐに正気に戻って土下座して謝ってくれたんですよ。 そこまで謝られたら…ねぇ?」 ワタリのニ…
「あ~!やっぱり駄目ぇ~!」 アンジェラさんがぼやきながら立ち上がった。 「もう!店に行かなくちゃ!」 アンジェラさんがずかずかと歩いてきて出入口に向かった。 「ありがとうございました!」 と俺が言ったらツダが俺の腕をつつきながら「お疲れ様でした!」と言った。 ワタリも出入り口を開けながら「お疲れ様でした!」と言った。 ワタリがカウンターに戻っ…
マエダはニヤニヤしながら俺の肩を叩いた。 「まぁ、そのうちに誰かが教えてくれるだろう。 あまり気にするな」 控室から白シャツに蝶ネクタイの服装に着替えたワタリとツダが出て来た。 「おう、今日から中番のフォワードに入るソノダだ。 今日は初めてだから飲み物灰皿洗い物をやるから、お前ら色々と教えてやれ。 慣れてきたら今日中にでも鍵と新規客の説明を…まぁ、それは俺が決め…
俺は店に出ようとするマエダを呼びとめた。 「マエダさん」 「何?」 「昨日頂いた制服代と交通費、凄くあまっちゃったんで、お返ししようと…」 俺が差し出した封筒をじっと見たマエダがげらげらと笑った。 「あっははははは! 金を返そうとした奴は初めてだ! ははははは! いいんだよ、取っとけよ。 もらった金を返すのは失礼なんだぞ。 まぁ、いいから、こ…
「人生で一番時給が高かったバイトの話」 1980年頃、俺はまだ二十歳前の専門学校生だった。 世の中にはスマホどころかガラケーも姿を見せず、インターネットの普及なんてSFの世界の出来事だった。 いまでは考えられないところなんだろうけど、皆大っぴらにタバコを吸い歩き、酒酔い運転もそんな大それた犯罪とみなされてなくて…まぁ昭和って時代だったな。 そんな時代にふとした事が…