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よくあるご質問

コンナ文章デモ、ぷろデアルカ

良い文章を書いてください。
お金をだして読んでいるのだから。

以下、M新聞の「憂楽帳」にたいしてである。

憂楽帳:外国で働く
 「高度成長期に多かったプレス機械で指を潰したなんていう労災に遭う人は、日系ブラジル人が目立つ」。さいたま市の労働組合、埼京ユニオンの委員長、嘉山将夫さん(59)には、自動車関連工場が多い群馬県太田市などの外国人労働者から相談が寄せられている。彼らが県境を越え、1人でも加入できる嘉山さんの労組に頼るのは、既存の労組が正社員中心で、組合員以外の苦境に冷淡な場合が多いからだ。
 嘉山さんは70年代、埼玉県内のトラック工場で働いていた。当時とは違って「自動車は日本の基幹産業」といっても、部品工場の生産ラインを支えるのは外国人。彼らの権利をきちんと守らねばいけないと思っている。人ごとと思えないところがあるからだ。
 「就職氷河期にぶつかったこともあって、上のあんちゃんが就職したのはシンガポール。下はメキシコ。自分の人生だから、好きに決めたらと言った結果だけれど、日本人が海外就職するのも珍しくなくなるのじゃないか」。2人の息子が働く会社は、いずれも日系企業ではない。

文体をみる。
おもしろくなく、分かりにくく、ためにもならぬ。

おもしろいと思える意外性がみあたらない。
すこし目をひくのは、「群馬県太田市などの外国人労働者」が「県境を越え、1人でも加入できる嘉山さんの労組に頼る」の部分のみである。

分かりにくい。
筆者はなにを書きたいのか。
「群馬県太田市などの外国人労働者」が「県境を越え、1人でも加入できる嘉山さんの労組に頼る」の段落。
「彼らの権利をきちんと守らねばいけないと思っている。人ごとと思えないところがあるからだ」の段落。
「海外就職」した「2人の息子が働く会社は、いずれも日系企業ではない」の段落。

「労働組合」の「委員長」として、日本で働く「外国人労働者」を心配し、「彼らの権利をきちんと守らねばいけないと思」う。
これがこのコラムの主旨ではないか。

その趣旨で書くのなら、次のように展開すべきだ。
外国人労働者が県境を越えて、労組に頼ってくる。
それぞれ地元の労組が外国人労働者に冷淡だからだ。
訴えてくる内容は、たとえば、「プレス機械で指を潰した」などである。
それらの訴えには、「労働組合」の「委員長」「嘉山将夫さん」は〜〜と対処している(具体論を書く)。
結論として、
「日本の基幹産業」を支える「外国人」の「権利を守」らねばならない。それが、日本の自動車産業の発展する道でもある。

このようなインパクトのある書きかたでないと、日本の読者には、外国人労働者と日本産業との緊密な関係が伝わらないであろう。

あるいは別の主張。
「さいたま市の労働組合、埼京ユニオンの委員長、嘉山将夫さん」は県外の「外国人労働者」の相談も受けている。
この委員長には外国で働いている2人の息子がいる。他人ごとではない。親身になっている。
だから具体的には〜〜している。
結論として、
「外国人」の「権利を守」ることが重要だ。

主旨がいずれにしても、筆者の書きたいことを読者に伝えなくては、「小学生の遠足感想文」であろう。むだなことを書かない小学生の作文のほうがまだ分かりやすい。

文章をみる。
題「外国で働く」と本文がちぐはぐである。「外国人労働者」、または「外国人の労働組合」のほうが良い。
「(オノマトペや引用文)」を文頭にもってくるのは良い文章とはいえない。

第2段落は分かりにくい。
今では、部品工場の生産ラインを支えるのは外国人であるが、70年代には、嘉山さんもトラック工場で働いていた。人ごとと思えない。
とでも書くべき。

なお、「部品工場の生産ラインを支えるのは外国人。」の文章のなかの体言止め(名詞で切る)は拙劣(まずい書き方)である。「シンガポール。下はメキシコ。」と体言止めが多すぎる。

第3段落は、上からの文章とつながりのない内容である。
また、「」文で埋めつくされた、自分ではない、ヒトサマの意見の描写である。

結論。
結論とは、筆者が読者に伝えたい、強く訴えたい、読者に考えてもらいたい、記憶してもらいたい印象的な文章であるべきだ。
「2人の息子が働く会社は、いずれも日系企業ではない」は、本文の結論に不適切である。

コラムの文章には、読者のこころになにかを感じさせるプロとしての巧みさが望まれるのだ。

カテゴリ:語学・国際交流・社会貢献

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