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よくあるご質問

心に描くと通ずる

只今、午後2時、また降っている。昨深夜に家の前の道路に大型の除排雪車が入り、歩道を含めて綺麗にしてくれたが、今朝はまた30cm近く積っていた。一時間かけて玄関から道路まで、そして家の前の歩道の雪かきをした。日本海側の豪雪を思うと、この程度は許容量の範疇だろう。
 札幌市の除雪関連の年間予算は148億円というが、人と車両での除排雪しか方法はないのだろうか。冬季の土建業者の雇用として全部が無駄とは思わないが、それでも業者の倒産などでダンプカーが不足しているとか。
 
 29日に31回目の定期演奏会が終わった。300人弱の観客は例年通り。本番にハプニングは付きものだけれどいくつかあった。
 例えば、練習では滅多にない歌い出しのタイミングのズレなど。それにしてもビックリしたのはステージ入場の際に、ベースのパートリーダーが貧血で倒れて山台から落ちてしまったこと。結局、二つのステージは載れずじまいだった。
 連日の仕事の過労からのもので、お客さんが心配しているからアンコールだけでも歌ったらは、と勧めたのだけれど・・。大事に至らなくて何よりだった。
 演奏そのものは、いつもと変らぬサウンドが聴けたと喜んでもらえたようだった。
 指揮者がステージ練習の最後に言ったこと、「歌う者がしっかりとイメージをもって歌うと、それは必ず聴いている人に伝わるものです」。
 Ecee quomodo (見よ この様を)という曲は、イザヤ書第57章1-2節にあるキリストが十字架にかかったときの「見よ、義(ただ)しき人が死にゆく様を」という情景を歌ったもの。 不思議なもので、ホンのちょっとした心の動きがステージと客席で、双方向に行きかうことを実感することがある。
 全16曲中に果たしてどれほどの交流があったろうか。
 アンケートに、以前日記に書いた「て」という曲に涙を流してしまったという人もいた。
 この「かなうた」を指揮したもう一人の指揮者は、「僕はいつも冷静に揮りきる自信はない。いつもその域を越えて弾けてしまう」と。こういう熱い想いと感性をもっているからこそ、練習時にはない本番の面白さが出てくるのだと思う。
 打ち上げで、シャンパン、ビール、ワイン、山形の大吟醸「くどき上手」などを若い人と飲み、二次会はサッカーの決勝戦を見ながらワインを、しかし決着を見ずに帰宅した。
 若い人はきっと朝まで飲んだにちがいない。
 30日は、妻の誕生日。孫が来て一緒に食事会。
 きっと家で練習してきたのだろう。ハッピィ・バースデイを上手に歌ってくれた。
 そして、昨日の31日。脱力感というか、一日何もせずに過ごしてしまった。何とか日記をと、ベートーベンの交響曲の七番を三度も聴いて自らを鼓舞しようとしたのだが。

http://www.youtube.com/watch?v=S1lg55krMCQ

 それでも樺山紘一著『世界史への扉』朝日新聞社、を読んだ。
 その中に「浅間山の噴火が天明の大飢饉をもたらし、フランス革命の導火線になった」との記述に、興味をもって調べてみた。
 1783年8月5日(天明3年7月8日)浅間山が大噴火。この年に東北地方で10万人の死者を出した天明の大飢饉が起きていることから、浅間山の影響で飢饉が起こったと長い間思われてきた。しかし飢饉は大噴火の前に起こっており、それより前にアイスランドのラカギガル山の大噴火によりエアロゾルが放出されていたことがわかったため、この所為だというのが正しいようだ。このラカギガル噴火がフランスの農作物の不作を招き、後のフランス革命の遠因になったという。その火山灰はロンドンでも記録されている。
 いろいろ調べてみるものだ。
 それにしても新燃岳が早く沈静に向かうことを願おう。

 これから本日二度目の雪はねをせねば、これも運動不足の解消のためと前向きに考えよう。

コメント

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