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よくあるご質問

日記と生活と「救助願望」と

「救助願望」とは、他の人を助けたくなる無意識の心理メカニズムで、かなり以前の日本のフロイド精神分析研究者が本に記した用語らしい。
これを理解して、精神的ストレスや物質的損害をこうむることのない楽しい生活をせよという。

書物のなかの事例も古いが、昔の貧乏学生が親からもらったなけなしの仕送りを水商売の女にくれてしまったという話である。
飲み屋に入った学生が店の女の身の上話に同情する。家が貧しくて実家へ送る金がたりぬとの話にほだされて、心の底の「救助願望」がこそりと顔をだす。よし、このおれ様が助けてあげようではないかということで、1年分の授業料のための金をそっくり女に貢いだ、という話である。

孫や子を助けたい一心で振り込め詐欺にあったお年寄りも、この「救助願望」を巧妙に刺激されて大金を失ったといえる。
市川海老蔵を殴りすぎた青年も、自分の親分を助けてやろうとの「救助願望」につき動かされたのではあるまいか。

しっかりとした自覚のない無意識の「救助願望」は、ひとから論理性や理性をうばいさる。

論理性に欠けたコメントにもその「救助願望」がうかがえる。

人の書いた記事の批評日記をときにわたしが書くと、これに刺激され、批評したその記事内容を支持するのではなく、書いた人物に「救助願望」を発揮する会員がいる。
そしてそこにはトンチンカンなコメントが顔をだす。
最近では、わたしの日記「ヘンテコなコメント」でとりあげた「ほっくん04」のコメントがそれである。

変なコメントにわたしが返答すると、別の会員が「救助願望」を発揮して、「コメさんは〜といいたいのではないでしょうか。よく分からないのですが」というアホな再コメントもあった。
余談だが、書いた本人が分からない文は、他人が読んでも分からない。

「救助願望」から突き上げられた人が書くこれらのコメントなどに共通するのは、論理性の欠如である。

人間には無意識などないという人もいるが、本人の自覚のないままの筋のとおらぬ考えによる表現や行動をみていると、人間の無意識をとらえたフロイドの精神分析理論もうなずける。
そしてそのフロイド理論から現在の心理学理論までを利用して、なるべく論理的で、トンチンカンではなく、おっちょこちょいでもない思考のもちぬしになるにはどうするか。

まず、自分の心のなかの「救助願望」の強さを自覚する。
具体的には、ときには人にNoをいえるかを自分に問うてみる。
友人から理不尽な願いをもちかけられたとき、Noといえるか。
借金の保証人を義理人情にしばられることなく、Noといえるのだろうかなどと。
Noと言えなければあなたは「救助願望」が強すぎる。

「救助願望」を弱めるにはどうするか。
自主トレをする。
具体的には、新聞紙を丸める、それをNoの掛け声とともに壁に向かって投げつけるなどの行動心理学の手法がある。
英会話文を繰り返すのと同じで、この自主トレを繰り返すと頭のなかにNoの文字がインプットされ、やがて無意識の「救助願望」は弱まる可能性がある。
あの時はっきりと断っておけばよかったなどとあとで後悔することもなくなってくる。

日記を含めた作文も利用する。
書いてみて、論理的か否かを検討する。
書いた文章を翻訳者のように1日干してみて(日をおいて)点検し、変でなければ ―論理的であれば― 「救助願望」がないと安心する。

一般的な日常生活での親切心が、果たしておせっかいではないか否かを考える。
相手が望む手助けならば、真の「救助」であり、相手が迷惑するようならば、その手助けは「救助願望」によるよけいなお世話であろう。

またやや古い話だが、日本のある村の世話役連中が、中国残留孤児が望まない親切心を発揮して、そしてその家族に拒否されて、ついには怒りの言葉を吐くのをTVでみたことがある。
残留孤児ファミリーが望んでいたのは大都会の生活だったので、あまりのさびしい村の生活に仰天し、村の世話役連中が準備した一軒家からある夜こつぜんと逃げだしていたのだった。

無意識の「救助願望」につき動かされて行動すると、あとで後悔し、必要もない怒りをおぼえるはめになる。「人の親切を無にしゃがって」などと毒づく自分が現れる。

相手が望む手助けをするのなら、真の救助になる。
しかし、相手が望みもしない手助けは、みずからの「救助願望」を自己満足させるためであり、一般的な日常生活においては良い結果が生まれない。

「真の救助」か、無意識から出た「救助願望」かをみずからの心に自覚して − 意識化して − 論理的な考えをもてば、精神的にも物質的にも被害の少ない楽しき生活を送れるようになる。

カテゴリ:語学・国際交流・社会貢献

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