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よくあるご質問

傷心の心を抱いてついに古里へと旅立った、笠郎女。…素浪人の『万葉集漫談』(202話)

・ついぞ思っても見ないことでした。傷心を抱いて、昔住んだこの故郷にまた帰って来ることになろうとは…。

こころ熱く大伴家持に恋文を寄せ続けた笠女郎でしたが、ついにあきらめて、奈良の都を後にしたのでした。次の歌が彼女が家持に寄せたその恋歌です。

(202) 心ゆも 我は思はずき またさらに
        我が故郷に 帰り来むとは
                巻4・609 笠女郎

笠女郎は笠金村(万葉第3期の宮廷歌人として著名)の身内説もありますが詳細は不明です。笠一族は吉備地方、瀬戸内一帯に勢力のあった豪族でした。

大伴家持は天平3年7月に父の旅人没後、天平4年(732)ごろから大伴坂上郎女の娘坂上大嬢と相聞歌の贈答がありますが、この仲はあまり長続きせず、この心満たされぬ時期、笠女郎と激しい恋に落ちたようです。天平5年頃のこと。しかし青年家持は当時女性にもてもての時代で、笠女郎から他の女性に心を移してしまったようです。

(202’) なかなかに 黙(モダ)もあらましを 何すとか
       相見そめけむ 遂げざらまくに
        巻4・612 大伴家持(オオトモノヤカモチ)  
・なまじ言葉などかけず、黙っておれば良かった。何だって貴女と逢い染めたのだろう。どのみち添い遂げられる運命ではなかったのに。 
 女郎→家持29首に対し 家持→女郎2首と『万葉集』に残された歌数は、極端に差があります。しかし始めに声ををかけたのは、どうも家持のようですね(笑)。

笠女郎が、その後どのような人生を送ったかは、知られていません。

藤原一族、特に藤原仲麻呂に徹底的にいじめられて、大伴家持が恵まれぬ苦難の道を歩み始めるにはまだ、当分の年数が見られる時期のことです。

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