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よくあるご質問

薄氷を踏むような、数奇な運命を辿った『万葉集』。…素浪人の『万葉集漫談』(204話)

『万葉集』の最終楽章を飾る歌はもう、古典文学を知る方なら、殆どの皆様がご存じと思います。
そうです。758年(天平宝字2)、辺境の地、因幡国守に左遷された41歳の大伴家持が、その翌年の759年の正月42歳になって、管内の役人を集めた新年の挨拶のなかで詠んだ歌です。

(204) 新しき 年の始めの 初春の
       今日降る雪の いや重け吉事 
   巻20・4516 大伴家持(オオトモノヤカモチ)
読み・ アラタシキ トシノハジメノ ハツハルノ
       ケフ(キョウ)フルユキノ イヤシケヨゴト 
解説・ 新年のはじめの新春の、今日降る雪。この降り積もる雪のように、よき事がどんどん降り重なって積ってくれ!という吉事願望が、読む人の心の底に響いて来きそうな歌です。

『万葉集』のフィナーレを飾るこの歌は、実は、家持がこの世に残した最後の歌でもあるのです。
733年(天平9)彼が16歳で始めて歌を詠んだ次の歌から、実に26年の月日が流れていたのでした。
多くの女性に憧れられた青春時代を過ごし、越中国守という恵まれた時代を過ごした彼。しかし、大伴という大豪族を率いる彼は、新興の藤原一族の徹底的なイジメに遭って、苦難につぐ苦難の連続という不運も味わったのでした。

(204’) 振仰(フリサ)けて 若月見れば 一目見し
      人の眉引(マユビキ) 思ほゆるかも
         巻6・994  大伴家持
解説・ 天空をふり仰いで、三日月を見上げると、ただ一目みたあの美しい人の、引いた細い眉が思い出されることよ。初恋の歌とも思えるこの歌を詠んだ時、彼は、因幡の国に左遷される悲しい命運を予想することがあったでしょうか。

42歳で「降る雪の如く良き事よどんどん降り積もれ」と詠った家持は、その後785年(延暦4)68歳で死ぬまで歌を詠まぬ男となり、その生涯に大きな謎を残しています。
家持の死後の罪状で、彼がその大半を編集したであろうとされる『万葉集』もそのまま、没となり宮中の蔵奥深く眠ることになったようです。
今や、世界に燦然と光る日本文化の一つ『万葉集』も危なく歴史の光を浴びることなく消えるところだったのです。

いや、昨日の日記で多くの方に、菅政権の批評を頂いたコメントからふと、大伴家持や、『万葉集』の命運と似たものを連想し、つい、こういう日記を書いてしまいました。
「国家100年の計」などというものは、マスコミ諸子が言うように、一朝一夕でなしたり、時の総理が簡単に決めるべき安易な事ではありますまい。
多くの専門家、関連担当者を始め、幅広く多くの方の意見を聞いて、時をかけて練り上げねばならぬことです。
科学的な予測も難しく、激動して止まぬ時代。グローバルな視点も必要です。超高速コンピューターを使っても、そのシュミレーションは簡単ではありますまい。
私は政治学が専門ではありませんが、『万葉集』の成立一つを見ても、歴史の教訓が見えてくる思いがするのです。

さて、大伴家持は、藤原種継暗殺事件の首謀者とされ死後、罪人として鞭打ち刑に処せられます。そしてすべての官位を剥奪されるのですが、806年(延暦25)赦されて従3位に復位します。それも桓武天皇崩御当日のことでした。『万葉集』もかくて、日の光を浴びる幸運に恵まれ、今日人々の目に触れる事になったのです。実に、薄氷を踏むような経歴の持ち主でもあるわけです。

カテゴリ:ニュース・その他

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