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よくあるご質問

11、マドリーの目抜き通りグラン・ビア

ちょうど読んでいた『向田邦子ふたたび』文春文庫に、澤地久枝さんが「旅の断章」として、一緒に旅をして《わずかな滞在中に彼女はプラド美術館へ三回行き、また行きたいと言っていたが、四度目の機会はなかったことになる》(中略)
《「共有財産を使わせてもらうわ」と言って彼女はこの旅のことを筆にし、私はほとんど書かなかった。こうして書いていると、書ききれないほどの印象、情景がよみがえってくる》
と書かれている。
 ツアーの見学では美術館もせいぜい1時間半くらいの時間しか取れない。しかし、プラド美術館の主要作品と《ゲルニカ》に触れて、スペイン観光1日目の午前中だけで8回分も費やしてしまった。Kさんが「お疲れでしょう。それでは街に繰り出しましょうか」。
 歩きながら「今、サッカーはマドリードとバルセロナはどちらが?」と、誰かが訊いたようだ。「そうですね、質的にはバルセロナでしょうか。田舎の素直な青年たちという、虚栄心のない騎士道的な感じの試合をしています」。スペインでは何度かこの騎士道という言葉を耳にした。そう、ここは『ドン・キホーテ』の国なのだと独り合点していた。
 バスに乗って国立ソフィア芸術センターを後にプラド美術館を右手に見ながら進むと、ナポレオンが率いたフランス軍に対する市民の一斉蜂起を記念したオベリスクがあり、そこには今も火が燈っていた。ゴヤの絵《1808年5月3日の銃殺》はこの場所であり、自分たちの自由と平和のために、魂の永遠の平安を願っているものであった。
 近くにはアメリカ大陸から持ち込まれたという泰山木が白い花をつけていた。右手にマドリーの東の門であるアルカラ門を見てバスは左に曲がり、日本の大正6年にできたという実に立派な中央郵便局。現在は市庁舎として使用しているその前庭は、花の咲き誇っているシベーレス広場と噴水が。
 その向かい側が明治28年にできたスペイン銀行で、地下7階もあるのだそうで、世界帝国であった往時の流れを汲む財貨の貯蔵庫の雰囲気である。
 今日、6月18日は世界的に「スペイン語の日」だそうで、中国語に次いで世界で二番目に話されている言語のスペイン語。 文部省と芸術会館を右手に見ながらグラン・ビア通りに入った。今から101年前にできたマドリーを東西に突き抜ける目抜き通りで、歴史主義的スタイルの建造物が目を引く。ことにアルカラ通りとグラン・ビア通りとの合流地点の三角地には、フランス人の設計によるメトロポリスビルに驚く。
 保険会社のビルとして建てられたもので、金色の象嵌が施された黒色のドーム上に女神ニケの彫像が載っている。
 マドリーの最初の高層ビルのテレフォニカ・ビル(国営電話局)やマドリー・パリ・ビル(初めての高級デパート)など、有名な建築家の設計したユニークな建物が続く。
 最新のファッションやジュエリー、アクセサリーから映画館、劇場、ホテル、レストラン、カフェなどが立ち並ぶ華やかで眠らない大通りだということがよくわかる。
 ロエベの本店もあり、ホテルリッツのバーカクテルには、グレイス・ケリーやダリやヘミングウェイなどが好んで通ったというし、元宝飾店跡には世界一豪華なマクドナルドも。
 赤の菱形にMetroとある州営の地下鉄は、マドリー市内を縦横隈なく通じて何処まで乗っても1ユーロ、市バスも同額。
 また商店の営業時間は、平日は10:00〜14:00で、午後は14:30〜20:30(地方では17:30〜20:30)だそうで、土曜日の午後は休み。最近は大きな店は昼休みなしで10:00〜20:30が多くなったという。日曜日は法律的に休み。ただし観光立国として土産物や本・CDなどの文化、パンや甘いものなどはOKだという。
 今日の昼食は、JTB独自の折り紙付きGマーク二つの、地元の人が家族や友人と「ご馳走を食べに行こう」という雰囲気のレストランでのパエリヤだが、ホテルでの夕食は前菜がチョイスメニューであった。時間節約のために、先にバスの中で注文を聞いていた。
 王家御用達の美味しい「生ハム」、オリーブオイルと大蒜で炒めた暖かい野菜、そしてパスタのカルボナーラからのチョイスであった。生ハムとパスタを、楽しむことにした。
 こんな話をしているうちにグラン・ビアの終点のスペイン広場に着いた。写真は元中央郵便局とスペイン銀行。

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