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よくあるご質問

あの池上彰が、死や宗教について考える!という。

「文芸春秋、5月特別号」ですから、記事は少し古いのですが、その特集企画の一つに池上彰の連続インタビューがあって、「試練を乗り越える信仰入門」とあります。

ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、仏教、神道と、多岐にわたって、宗教論のさわりを捕らえ、その道の権威と質疑応答を重ねながら、分かりやすく説明しようという試みです。

そのプロログに「還暦を超えると死を真剣に考え、宗教に関心を持つ人が増えるのではないか」といい、「葬式・布施」」の疑問点や「戒名」あるいは「無宗教だと救いは得られないのか?」と、様々な形の素朴な質問を投げかけて、宗教学者やお坊さん、神主さんたちから、読者に向けた答えを引き出して行くテクニックは流石に池上彰独特のものです。

私はかって中学3年の時、学徒動員の無理がたたって肺を犯されて2年も休学、大学進学までには4年も遅れてしまった苦い経験を持ちます。昔の同級生がみな上級生となり、先に卒業していく姿を見ていると居たたまらぬ気持が働いたものです。
おのずと宗教や哲学に執心が強くなって、「一体、自分は生きていく価値があるのか?」という煩悶を繰り返す青春を過ごした気がしています。そうした苦くわびしい体験者だけに、人よりはかなり宗教問題には詳しいと思ってきたのでしたが、「イエス・キリストの誕生日がクリスマスではないとか、イエス・キリストが生前はユダヤの神であるヤハウェを信じていた」とか、意外な側面を始めて知った次第です。
「戒名料の問題、葬儀社主導の葬儀不要論、高額なお布施問題」など、身近な問題も知らされて、私が悩み抜いたかっての宗教論がいかに観念性の強い実用性のないものであったかを、いやというほど思い知らされてしまいました。

80歳を超えた今の私には、死への恐怖よりも、痴呆や身体障害による要介護者として生きることの不安や恐怖の方が遥かに大きい気がします。

改めて理念や理屈を抜きに、むしろ生活に密着した宗教を身近に手繰り寄せて、考えねばなるまいとつくづくと思った次第です。
池上彰さん、どうも有難う!

神道の教典の一つとして挙げられた「神道古典」のなかに『古事記』『日本書紀』と並んで『万葉集』『風土記』が挙げられているのを読んで、ふとこの「万葉日記」に取り上げてみたくなった次第です。直接『万葉集』の解釈には関わりのないことですが…。(笑)

カテゴリ:ニュース・その他

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