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よくあるご質問

親、親族を殺した敵を夫とした倭姫(ヤマトヒメ)皇后の挽歌。…名歌200選(54)(55) 素浪人の『万葉集漫談』(246話)

思えば激しい皇位継承の戦いが繰り広げられた時代でした。

745年の夏、蘇我入鹿を斬殺し蘇我一族を滅ぼして、大化の改新を推進した中大兄皇子(ナカノオオエノオウジ・のちの天智天皇)と中臣鎌足(のちの藤原鎌足)です。
公地公民制度を推進し、国・郡・里制を設けて中央集権を強化し、戸籍の作成で強力な税制の確立など財政面の盤石化で、国力を飛躍的に高めるきっかけとなったのが大化の改新です。民は高税を搾取され労働や兵に駆り出されて悲惨な生活を強いられますが、強大な国家権力の前には如何ともできませんでした。

この時代、強力な国家権力の前には、すべてが正当化され、それだけに権力の頂点にある天皇の坐を狙う皇子たちの争いも凄愴を極めました。
吉野の山に隠棲した兄(母は異なりますが父は同じ舒明天皇です)の、古人大兄皇子を攻め滅ぼし、妃妻妾も殺すという悲話ですが、たった一人幼い女の子が助け出されました。その子こそ、この親の仇でもある叔父の天智天皇の妃となった倭姫皇后でした。

(246) 青旗の 木幡(コハタ)の上を 通ふとは
          目には見れど 直(タダ)に逢はぬかも
         巻2・148 倭大后(ヤマトノオオキサキ)

大意・ 青々と緑の葉を茂らせた木々の木幡山の上を(天皇のお体を離れた魂が行き来しているのが)目に今、はっきりと見えているのだが、現し身の私には、直接にはお逢いできないことだなぁ。
解説・ 「青旗の」は「木幡」にかかる枕詞。
当時、肉体を離れた霊魂は目に見えるものと信じられていたかも知れませんね…。

(246’) 人はよし 思ひやむとも 玉かづら
            影に見えつつ 忘らえぬかも
          巻2・149 倭大后(ヤマトノオオキサキ)

大意・ 他人は思いあきらめてしまおうとも、仕方がない。でも私には
亡き天皇の姿かたちが、目にちらついて忘れられませんの。
解説・ 父の死後母方の倭漢氏のもとで育てられていた姫が、皇后に迎えられたのは天智7年(668)2月。天智崩御の671年12月までという短い結婚生活でした。
『万葉集』には皇后の歌4首(長歌1、短歌3)がありますが、いずれも夫、天智天皇を心から思い慕う挽歌となっています。
恐らく、倭漢氏の子育ての中でもろもろの憎しみは消されて行くような養育のなかで育ったし、倭漢氏や皇后の処遇に天智もなみなみならぬ配慮を払ったでしょうから、彼女の心にいつしか、大きな愛情が育っていったのでしょうか…。

古代の不思議さが大きな謎としてまた、膨らみます。
『万葉集』を楽しむためにも、皆さんも色々と想像をたくましく働かせてみてください。
因みにこの時代の国、郡、里制度を今日の都道府県と重ね合わせてその起源や変遷の経緯を調べるのも一興かと思います。
ほれ、大分県の方、当時の御地の呼び名はご存知ですか?
では広島県、山口、岡山県の方は? 鹿児島県も随分おおきな変遷がありましたね。 東京、埼玉も変わりました。栃木、新潟、福島は如何ですか?  楽しい全国のお話など承りたいものです。(笑)

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