「保 谷」
田村隆一 詩
保谷はいま
秋のなかにある ぼくはいま
悲惨のなかにある
この心の悲惨には
ふかいわけがある 根づよいいわれがある
灼熱の夏がやっとおわって
秋風が武蔵野の果てから果てへ吹きぬけてゆく
黒い武蔵野 沈黙の武蔵野の一点に
ぼくのちいさな家がある
そのちいさな家のなかに
ぼくのちいさな部屋がある
ちいさな部屋にちいさな灯をともして
ぼくは悲惨をめざして労働するのだ
根深い心の悲惨が大地に根をおろし
淋しい裏庭の
あのケヤキの巨木に育つまで
カテゴリ:アート・文化