「貴方の香り」

「貴方の香り」

湯けむりの向こうから
思い出が振り返る

立ちのぼる湯気の中に
懐かしい儚い香りを
見つけだす

かすかに聞こえる滴の音が
心の隙間を通り抜けてゆく

湯窓の向こうに騒ぐ梢は
思い出という名の夢の中に
沈み込もうとしている私への
ただ風のいたずらなのか

この火照った体を
その風の中に晒したまま
消えてしまいたい
遠く淡い輝きの中に
連れ去られてしまいたい

湯けむりの向こうに
切ない思い出の
後ろ姿が見える

薄青いベールのように
漂う静寂の中で
鮮やかによみがえる
貴方の微笑みに呼び止められ
一つになって
私は消えてゆく