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よくあるご質問

五木寛之著「杖ことば」に見る人の生き方

「杖ことば」 五木寛之著 学研パブリッシング
2014年9月30日発行
ー「ことわざ力を磨くと逆境に強くなる」
「継続は力なり」
 自分の個性や体質をしっかり見きわめた上で、適量の基準を定め、それを大事にして生きる。そのことがいかに難しいか、またいかに重要なことであるかを「過ぎたるはなお及ばざるが如し」の言葉は教えている。
 それは天が、その人物を鍛えてその人を発奮させるために、あえて苦難を送ったのであり、その人の本性をより忍耐強く、今まで不完全だったところを補い、力をつけ、より大きな仕事を完成するような人物に鍛え上げているのです。
「苦あれば楽あり」
「神はその人が背負えない十字架を与えない」
 自分を信じてがんばろう、と決意したとき、その気持ちが訪れてきたことこそ他力の働きではないでしょうか。
「自他一如」
 人間についてとことん絶望しきったところから他力への視線がひらける。自分に対する自信も、自負も、すべて失われたとき、人は他力を確信するのです。
 人まかせの考え方と正反対の思想が真の「他力」です。
 私たちの一人一人は、単独でこの世に生まれてきたのではありません。母の産み落とす力によってこの世に誕生しました。スタート地点からすでに他力に支えられて生きてきたのです。
 「他力」を信じるということは、決して「自力」を放棄したり否定したりすることではありません。「自力」によってきたる源泉としての「他力」、「自力」の母としての「他力」を、「自他一如」というのではないでしょうか。
 大きな「他力」を感じつつ、「自力」を忘れないという。
 自分の中の悪に気づかず、自らを善人と思い、善行、苦行を行うことによって、往生しようという善人すら往生するのであるから、阿弥陀仏のすべての人を無条件に救済したいという本願を考えると、自らの悪に気づき、阿弥陀仏にこころから帰依する悪人が往生しないわけがない。
 極悪非道の罪人の最後の一人まで必ず救うという阿弥陀仏の本願をこころから信頼して、自らの罪の深さに絶望しない生き方こそ、今、問われている。
 人間の価値、私一個の値打ちは、唯我、つまり天上天下、全宇宙に「ただ一人」の存在として生きることにある。
 すべては自分です。
帰依する、帰命する。
わたしはあなたに命をあずけた。
「目に見えない大きな力」を全身全霊で深く自覚した存在。
「目覚めた人」「悟った人」
「難儀なことで」
法然の教え「易行往生」
親鸞の場合、「自然法爾」
蓮如について、「他力本願」
 仏教というのは人間を無明の闇から解放し、世界を大きく肯定するという思想です。
「自分の人生の目的を見つけるのが、人生の目的である」
「われあり、ゆえにわれ求む」

五木著「杖ことば」にて人生を生きる仕方を教えられたり

人生の目的なるは目的を見つけることが目的なりと
        自由人

カテゴリ:アート・文化

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