亡き母も、きっとこんな思いで過ごしていた事と思う昨今です。
毎月決まって必ず一度は田舎まで戻って、買い物や雑用をこなして戻りましたし、時折の電話はしたものの、150キロほどの距離はやはり即移動は不可能でした。
きっと我慢と意地の中だったはず。
今や我が身が、そのお一人様の自由の身の上ですが、自由故の犠牲も感じないのですが、寂しさは否定出来ないでしょう。
今ではドアの外に出る時は、もしかすれば戻れないかもしれないとの整理整頓の中です。
誰が入っても、一人住まいの惨めさを感じさせたく無いとの意地でしょうか。
ゴミ屋敷などもってのほかですが、物