皇国の干城

 松井今朝子の「芙蓉の干城(たて)」を読了した。著者は直木賞作家であり、小説家としては時代小説をテリトリーとしているが、歌舞伎の脚本家、演出家、評論家としての側面も持っている。本書は、昭和初期を舞台とし、歌舞伎の殿堂である木挽座の周辺で起こった連続殺人事件を描いたミステリーである。
 物語の舞台は昭和八年(1933年)の東京である。前年の昭和七年には満州国成立、五・一五事件や 血盟団事件の発生等があり、この年には満州国の承認を巡って国際連盟からの脱退が宣言されており、戦争に向かう暗い時代である。
 本書の主人公の名探偵役は、江戸歌舞伎最後の大作者三代目桜