林真理子著「正妻」(上)を読む

「正妻 慶喜と美賀子(上)」 林真理子著 講談社文庫
2017年10月13日発行
「千代君さん、おさむらいのところにいかはるのか」
「そうでございますよ。少し前に徳川慶喜さんとご婚約あらしゃってます」
「北の方さんは、水戸から来てますんや」
 延は少々驚いている。隣家の千代君さんが嫁ぐという徳川慶喜の実家である。天皇崇拝を旗印に持つ水戸家では、こうして昔から公家たちと縁組みをしてきたのだ。
 延に羞恥と緊張が走る。その名前こそ自分の夫になる人だと聞かされたばかりだからである。
「わたしの気に入ってる嫁入り道具を持っていったらあきませんやろか」
「そやなあ