イカの目玉のネックレス

手先が器用だった母は、戦後の苦しい家計を洋裁で支えた

「戦後は何しろ物資が不足してたからね。近所の人が、配給の毛布を抱えて来て、これで冬のコートを縫って欲しいって。だけど、この毛布が固くて分厚くて重たくてゴワゴワしてて、ミシンの針がすぐ折れてね。とにかく縫うのが大変だったのよ。」
子どもの頃から、母のこうした若い頃の話しを聞くのがとても好きだった

母は、三姉妹の長女として生まれた
戦後まもなく父親を亡くし、代わりに一家の大黒柱として働いた
昼は商事会社のOL、家に帰ると家事をし、夜は内職…

女学校の頃から美術の成績が良く、教師から美大への進学を熱心