混同してはならない「信教の自由」   !

ひさびさに夏を終わりの埼玉・長瀞の七草寺巡りに出かけた。秩父・長瀞は早秋、栗が柿が枝にたわわにぶら下がり、イガがわれ、茶色の栗が今にも落ちそうなそんな里の風景を眺めながらのお寺には秋の七草、萩や女郎花、桔梗、尾花などが咲く、神社があり仏教の寺が存在する日本の宗教、私たちは自然にしきたりに従い頭を下げ、柏手を打つ、それが日本人としての自然な姿である。

私たち日本人は、地上に生息するすべてに「命」が存在するという発想が古来から受け継がれ、神道になり、それに仏教が加わり、宗教に寛容な考えか広がっていった。要はすべての宗教には信じる人があって成り立っている