念誦崛(ねずき)という地区が談山神社の奥にある
多武峯の奥ノ院と呼ばれた紫蓋寺(しがいじ)という寺院があったところ
明治の廃仏毀釈まで念仏常行堂・地蔵堂・鐘楼・僧坊等が並んでいたという
この地域を念誦崛(ねずき)といい 念誦崛墓地が残る
その一角に増賀上人のお墓がある
増賀上人は、比叡山から多武峰に来て87歳(1003年)で没す
談山神社の開山の定恵にたいして、中興の祖と仰がれている
増賀上人墓は150段の石段を登ったところにある
石段手前に半肉彫りの石仏などが並ぶ
念誦崛墓地
連載:老いのつぶやき