おいぼれになっていくことの覚悟  !

昔、父親から「人は人の為に生きなきゃ」と言われたが、その時は何の意味か深くも考えず、大人になって、その意味を多少は理解できるようになったのは50歳もすぎたころだった。ずるがしこい輩たちが富を争い、多少の法に触れても自分の欲を押し通そうとする場面に多々触れるようになってからだった。

人の浅ましさ、それは非難されるものではないのかもしれないが、人の一面を知り、人に対する不信感は年を取るごとに増えていった記憶はつい先ごろであった。この歳になると自分は人に迷惑をかけづ人のために生きてきただろうか、自問さえしてみるのだが、少なくとも今になって親父が子供のころ