長く生きて来られたらこそ、その人生を語るべきだと想いました。「第五章」

 私は中学生の時に肺結核に罹患して、高校進学どころか、医者からは「成人式を生きて迎えられないた゜ろう」と言われていました。
 生きる気力も薄れてきた一年後には、(死んでもかまわない)と自暴自棄になり、夜中になると近くの外人クラブのグランドを走りました。
 最初の頃は一周するのに、何回も休憩しないと走れなかったのに、数ヶ月すると三周ほど走れるように為っていました。
 そんな、こんなしている間に、熱を出して何日も寝込む事も有りました。
 そんな日々が嫌になり、私は港で荷役の仕事を始めました。それは、二十歳までは生きられないと、諦めが有ったからで、遅疑逡巡は有