魑魅魍魎の世界

 葉山博子の「時の睡蓮を摘みに」を読了した。著者は小説家で、2023年に本書でアガサ・クリスティー賞大賞を受賞して作家デビューしている。本書は、太平洋戦争前夜から末期にかけての仏領インドシナを舞台にした歴史群像劇である。
 1936年春、本書のヒロインの滝口鞠は幼い時に母親を亡くし、父子家庭で育ったが、綿花交易の商社に勤務する父親がハノイ駐在所の所長として赴任したため、内務省官吏の伯父の家に寄宿していた。伯父の家では、彼女は伯母や従姉妹達に粗略に扱われており、肩身の狭い思いをしていた。彼女は名門の女子専門学校進学を希望していたが、二二六事件の影響で入試が