本当は出会っちゃいけなかったのかも知れません。 いや、それでももし ただ出会っただけだったのなら・・・ 羊のアンジーはまだ三歳になったばかりの女の子です。 羊の三歳と言うと人間で言えば18~9歳くらいでしょうか。 アンジーが子供の頃 お母さんはいつも言っていました。 「良いかい? 良くお聞き。 何があってもこの柵を出ちゃいけないよ。 外には乱暴者のオオカミや、ずるがしこいキツネがい…
糸よりも細い新月の夜は闇の深さがいっそう濃いようにも見えた。 「何だか不気味な夜だな」 いつも通っていて見慣れているはずの辺りを見回しながら俺は呟いた。 霊感があるとか、第六感が働くとかそんなことは今までも一度も無かった。 周りの景色だって特にいつもと何かが違うという訳でもなかった。 にもかかわらず、その夜は何故か自然と帰宅をする道も足早になっていた。 いつも近道にしている薄暗い公園の散…
橋をめぐる短編が10作。場所は江戸の庶民が暮らす界隈。橋は人々の往来に欠かすことのできない存在であり、メインストリートでもあった。登場人物のパターンはほぼ同じで、水商売に身を落とした女とひょんなきっかけから知り合う男。女は自分の境遇から男の好意にふさわしくないと身を引こうとするが、男はそんなことを乗り越えて女と一緒になることを望む。たいていの話が男の一途さに女の気持ちにも軟化に兆しが見えて、ほの…
図書館から乃南アサさんの「短編傑作選・すずの爪あと」を借りてきました。私はとてつもない遅読です。 1日で5冊を読むなんていう人もいますが、私は早くて5日で1冊。遅いことの言い訳として、「1日で5冊も書ける作家がいるだろうか。私はかみしめて読む」ことに。ただし、読んだことが血肉になっているかどうかは不問にしています。
カラオケ大会だとか地元の学生バンドの演奏だとか 賑やかに七夕のイベントも進んで八時を過ぎた頃から抽選会が始まった。 「なぁ、何て書いたんだ?」 晃がそう言ってニヤニヤ笑いながら訊いてきた。 「何だって良いだろ?」 どうせ当たる訳はないと思って書いたものの こいつにだけは知られる訳にはいかないと苦笑した。 ステージ上での抽選会は地元FMの人気DJ氏が司会を務めていて その傍らにはおそら…
「なぁ、どうせ毎日朝から晩まで就活をしてる訳じゃないんだろ? きっと気分転換にもなると思うし、何より人助けだと思ってさ。 週に二〜三日で良いから、ちょっと手伝ってくれないか?」 もう三十一、二年前の事だ。 卒業前に就職が決まらなかった俺は 地元に戻って一年間就職浪人をしていた時に 晃の誘いでとあるボランティアの手伝いをする事になった。 そんな或る日、その日の仕事が終わって帰ろうとしてい…