「鶴見俊輔」の日記一覧

会員以外にも公開

飴玉を食べたお方は・・「鶴見俊輔伝」

2015年に哲学者、鶴見俊輔さんが93歳で永眠した時、喪失感に決着をつけたいような気持で、追悼文を書き、朝日新聞の投書欄「声」に掲載して貰ったことがありました。 鶴見さんの「思い出袋」という本に、40代の時に出会い、ずっと心を離れなかった一節があったからです。 鶴見さんは、台湾民政長官、満鉄総裁、内務大臣や外務大臣を歴任した後藤新平の孫にあたります。 不良化、留学、開戦間際の日米交換船での帰…

会員以外にも公開

人として最低限の義務

「不逞老人」鶴見俊輔対談を読んでいる。 おもしろい。 戦争中、海軍でドイツ語通訳。 人殺しはしない。という基本方針。 ジャワにいたとき、中立国ポルトガル領ゴアの民間人を殺せという 命令が下った。運よく鶴見氏に対してではなかった。 もし、そういう場合は、自殺しようと決めて、薬を用意していた。 ジャワは、オーストラリアの近く、 もし、攻め込んできて、銃撃戦になったら、上官を撃つだろう。と 書い…

会員以外にも公開

土用丑の日

曇りのち晴れ。12時の車は34℃。  昨夜は飲まずに寝て、5時に1回起きて2度寝を楽しむ。弁当2つ用にカリフラワー他の野菜炒めを作ったが量が多すぎ、朝食にも回す。  鶴見俊輔氏の訃報。哀悼の意を表したい。戦後民主主義を代表するような人だった。サルトルなどに刺激されたのか、行動する哲学者として活躍した印象がある。『思想の科学』でおなじみの人だったが、特にべ平連運動にかかわったことは大きかったので…