「韓国歌謡の、哀調のすばらしさ」
今年の「NHK紅白」は、「韓国人が大多数だった」という記事を見ました。ついでに、「韓国歌謡を、ハングルで歌う」企画も作ったらどうでしょうか?「歌の歌詞が分からないほうが、美しく」聞こえるような気がします。最近、「つまらない歌詞を、歌手だけが、感情こめて歌う状況」には、「空しさ」を感じます。「聞くヒトの感情を揺さぶる」には、例えば、「韓国のTVの、トップ・テン歌謡ショウ」などは、バックダンス・コーラスも含めて、「独特の、共通した節回し」があり、「癒し」には抜群です。この「哀調は日本に無い響き」だと感じませんか?
ペンネーム:質問者 (匿名希望)さん
「知恵袋」には、「韓国賛美」と「韓国嫌悪」の「2通りが、激しく、罵り合っている」ような風潮があります。多分、「有名人(芸能界・政界など)を在日扱いしたいタイプ」は、「3世代くらい遡って、日本に帰化したヒト」も、「その仲間に入れたい」のだろうと、勝手に推測しています。私は、「芸能界にも、大相撲界にも、どんどん、進出してもらいたい」と希望するタイプの人間です。「人種間、民族間の、優劣論議」は、マッピラ・ゴメンです。
テグ市では、「NHKも見られる、ケーブルテレビ」で、ほぼ、毎日、どこかのチャンネルで拝見しています。「アリランのメロディーを伴う、韓国歌謡」だけで、「他の歌番組」は、興味ありません。知恵袋で、アリランについて質問したことがありますが、「アリラン・トウゲも、地名ではない」そうです。日本で、「アリランについて調べた本が、1冊」でているそうですが、「アリランの語源は、不明」という結論のようです。最後に、「*政府間の外交」には、「庶民には理解不能な力や陰謀が働いている」でしょうが、私は、関心がありません。ただ、「脳の勉強をした時期もある」ので、「5歳くらいまでに聞いたメロディーは、脳に刷り込まれる」ような印象を持っています。私の経験では、「美空ひばりの歌(鳥肌が立つ!)」と「アリランのメロディー」がそれに相当するような気がしています。