連載:年をとるのも悪くない

「私達は起きている」

「静かだ」
「皆眠っている」

「僕は眠ってない」
「君は起きてる」

彼が目覚めた時の医師の喜びよう。彼は扇風機の風にも感動する。外から聞こえて来る車の音に、窓に近づいて行く。金網越しに外を見る。ママがやって来る。両手を広げて「ママ、ママ」と近づいて行く。

覚束ない足取りで部屋の外に出る。毎日世話をしてくれた看護士が自己紹介する。トウモロコシをこれ以上美味しいものはないという顔で食べる。今までは流動食だったのだろう。

医師がポラロイドカメラで撮った写真を貼っている。初めて今の自分を見る。顔に触る。途方にくれた顔。彼が眠っている間に30年が過ぎ去った