新田次郎著「栄光の岩壁」(下)岳彦、マッターホルン北壁に登攀する

「栄光の岩壁」(下) 新田次郎著 新潮文庫
昭和51年10月30日発行
ー竹井岳彦はフリッシュに就職した。
 社長の稲沢鉄太郎が岳彦を呼んだ。
 「とんでもない。しばらく宣伝の方からおりているだけでいいのだ。君のおかげで、サッサは売れて売れて困っている。他の工場にも作らせようと思っているくらいだ」
 外は空っ風が吹いていた。岳彦は、その乾いた、寒い木枯らしの風の中を、足を引きずりながら歩いていた。彼は、しきりに山を恋うた。
 稲沢鉄太郎が宣伝映画を作ろうと言った時、彼は、岳彦から貰って読んだ、『山の足音』をすぐ思い浮かべたのである。
 岳彦はその日から宣