六韜を読む少女

 今村翔吾の「てらこや青義堂-師匠、走る-」を読了した。著者は時代小説作家であり、2018年に「童の神」で第十回角川春樹小説賞を受賞している。本書は、かつて凄腕の公儀隠密だった寺子屋の師匠を主人公とした人情時代小説である。
 物語の舞台は明和7年(1770年)である。主人公の坂入十蔵は伊賀組与力坂入家の次男であり、部屋住みの身ではあったが、伊賀組始まって以来の鬼才と呼ばれ、忍びの技だけではなく、武芸十八般および学問にも優れた人物であった。しかし、殺人を使命とする殺伐とした忍びの世界に愛想を尽かして家を出て、師匠としての修行を積んだ後、明和2年(1765年