連載:倭人伝の真実に迫る

27. 後漢書倭伝の邪馬台国はトンチンカン

倭人伝の里程解読が一段落したので、今回は范曄(はんよう)の後漢書倭伝を考える。倭人伝の「邪馬壹国」を「邪馬臺国」、「会稽東治」を「会稽東冶」と書いたのがこの後漢書である。白鳥庫吉氏は「范曄が倭人伝を読み誤り曲筆したがために後人をして誤らしめるに至った」と記している。范曄は「女王国が今の中国、海南島に近い」と誤読している。
●倭は韓の東南大海の中に在り。山島に依りて居を為し、凡そ百余国有り。武帝の朝鮮を滅ぼしてより、使駅(訳)の漢に通ずる者、三十許国ありて、国ごとに皆王と称し、世世統を伝う。其の大倭王は邪馬臺(台)国に居す。楽浪郡の徼(きょう、砦)は其の国