第十六章 亀裂
近頃夫純一の帰宅がいやに早い。
自分一人ならどうでもいい夕食を、夫の為に作るのは煩わしいが、夕食もせずに帰って来る夫を放っておくわけにもいかない。
自分だけの料理を作るのも侘しい物ではあるが、愛してもいない夫の為には、お座なりの料理でも作らなければならない。
夫は時々盗み見をするように繭子を見るが、繭子は素知らぬ振りをして目を合わそうとしなかった。
ただ黙々と食べる気まずい夕食が続いたある日の夜、繭子の寝室のドアを純一がノックした。
「繭子、ちょっといいかな」
「開いてるわよ」
夫がこんなに萎れているのは見た
連載:金木犀の香る頃に 改訂版