第十九章 別居 千里の事が露見して以来、純一は繭子と殆どと顔を合わす事がない。 朝は繭子が起きない内に出て行ってしまい、夜は繭子が寝静まった頃を見計らって、こそっと帰って来る。 頃合いを見て新しい肌着を出して置くと着替えているから、寝に帰って居るのは確かである。 そんなある日、純一が突然早く帰って来た。まだ昼過ぎである。 きっと父から何か言われたからに違いない。 「話が…
第十六章 亀裂 近頃夫純一の帰宅がいやに早い。 自分一人ならどうでもいい夕食を、夫の為に作るのは煩わしいが、夕食もせずに帰って来る夫を放っておくわけにもいかない。 自分だけの料理を作るのも侘しい物ではあるが、愛してもいない夫の為には、お座なりの料理でも作らなければならない。 夫は時々盗み見をするように繭子を見るが、繭子は素知らぬ振りをして目を合わそうとしなかった。 ただ黙々と…
第十一章 親、子、孫 息子の剛志からラインが届いた。 「おめでとう御座います。あす遥と帰ります」 「おめでとう。待ってるからね」 夫の純一には、子供たちの進路を相談しても、お前が決めろ、好きなようにしろ、の一点張りで全て繭子任せだった。 それは、純一自身が夫と言うより婿養子のような立場だと思い込んでいたからでもあるが、繭子にしてみれば責任逃れをしているようにしか思えず、甚だ不満…
第九章 里帰り 十一月も中半、そろそろ紅葉も見頃を迎えつつある。 稲垣靖二は娘の繭子から二十三日に自分の肖像画が届くと言う連絡を受けて何処へも出かけずに待ち構えていた。 配達員が大事そうに抱えて届けたのは、一目で額縁と分かる可成り大きい荷物である。 靖二の家、すなわち繭子の実家は阪神大震災の後、彼自身の平面計画の通りに建てた理想的な建物である。 リビングの北側の壁面には額縁を掲…
第八章 露見 今日も朝から夫の純一はゴルフに出かけた。 日曜日だからフィットネスクラブも休みだし、クラブで知り合った友達を誘ってランチでもしようかなと思っていたらインターフォンが鳴った。 「どなた?」 「田崎です。ご主人の部下の・・」 「あぁ田崎さんね。今開けます」 田崎幹也は夫の後輩で、普段から目をかけている忠実な部下である。 何度か純一が連れて来た事もあり、繭子は手作…