「偉人」の日記一覧

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☆映画「おろしや国粋夢譚」の主人公が船出した港を示す記念碑【大黒屋光太夫出帆の地】

三重県鈴鹿市白子港がその場所になる 光太夫は江戸時代後期嵐によりロシアに漂流してしまった その後、艱難辛苦を乗り越え日本に戻り当時のロシアを初めて紹介したことで知られている たいそう立派な記念碑が建てられており郷土の偉人としての姿が現認できる ◎近鉄「白子駅」から南に徒歩20分

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☆深い意味解らないままとりあえずマップに従う【光明寺】

大阪市内長柄橋からほど近い淀川沿いにあるえらくモダンなお寺さん 義に生きた「松野登十郎の墓」があるらしい 農民の困窮をみかね命を捨ててまで年貢の軽減を願い出たとある 地域限定とはいえその行動は称賛に値するね モダンな寺と古びた墓石の対比が印象深かった

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気持ちのよい朝

おはようございます😊今日は朝から天気も良く温かい1日になりそうです。 春はもうそこまできてるカナ…🌸 *辛いことも苦しいことも笑いに変えていこう。 人生笑ったもの勝ち 105語にわたる偉人達の集めた言葉集【kototama】を公開中📕 https://kototamasoul.base.shop/

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☆個性的な記念碑に引き寄せられたがさすがに人望ありまくり【蓮如上人碑】

大阪における蓮如の人気は根強い あの織田信長を敵に回してさえ一歩も引かずに戦った 「石山合戦」での奮闘は確かに物凄かったね 超巨大な記念碑に値する人物だったって証明がこれだわさ 大阪城公園内梅林のすぐ近くで発見今までは素通りしていたわけやなぁ

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☆散策マップの片隅で見つけたら行きたくてタマリマセブン!【史跡 行基墓所】

奈良県生駒市の山沿いにある「竹林寺」に行基の墓があるなら行くしかないでせう! きちんと管理された墓所に少しばかり感激する 行ってみたら草ぼうぼう見捨てられた感の史跡も多いからなぁ 波風立たない心で手を合わせ行基さんに祈りを捧げた 来たい!と直感した場所に無事に着けて本当に良かったよ

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☆明治政府要人による題字が掘られた貴重な国の史跡【琵琶湖疎水トンネルの洞門】

それぞれデザインが異なる洞門には格調高い題字が読み取れる 三ケ所の洞門を見て周り満足行く写真が撮せた 琵琶湖疎水は観光地ではないが散策スポットとしては超一級品 これまでは単なる花見でしか来ていなかったのがもったいなかったわぁ この場所にストレートで行くなら京都地下鉄東西線「御陵駅」下車が便利

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論語の里 深谷・渋沢栄一翁生家と記念館   !

朝、空は早秋雲の下、ひんやりとした微風が顔に当たるりなんとも久しぶりに冷気を感じた。今日は、埼玉・深谷市に向かう、上尾を過ぎると黄金色に輝く稲穂が頭を垂れ、収穫の季節が近い、都心(上野・湘南ライン、高崎線)からだと一時間半ぐらい電車に乗ると到着する。 深谷駅はレンガ製造工場がかってあり、東京駅や深谷駅はレンガづくりの駅舎になっている。駅北口のロ-タリ-には渋沢栄一翁の銅像が立つ、10時55…

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☆地元で羽間文庫と呼ばれている名家は上質な古民家【羽間邸】

江戸幕府に仕え「伊能忠敬」を指導したなんて経歴聞くとひれ伏しそうになる 天文学者「間重富」の邸宅、住居として使われていて内部の見学は出来ない 古民家として興味津々、公開日あるのなら入ってみたいものだ ◎大阪市福島区海老江村の真ん中街道の交差点に位置する

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☆偉人の功績を讃える記念碑は判読不可能【河村瑞賢紀功碑】

淀川の氾濫に苦しめられていた現地の実情があった 1684年幕府の命により治水工事が河村瑞賢に委ねられた 淀川の水をほぼ真っ直ぐに流し込む水路の完成は大阪の発展に貢献したと言える 「安らかに治まるように」との願いを込めた安治川ストレートで素敵なネーミングだ さてこの記念碑だが雑草生い茂る忘れられた場所にポツンとね 管理されていない状況丸見えが寂しくもあった …

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☆江戸時代大阪から生まれ出た日本を代表する芸術家【竹本義太夫墓所】

人形浄瑠璃と言えば竹本義太夫だとイコールで括られる とは言うものの年配者でないとそのお名前に馴染みはないかもね 四天王寺近くの超願寺墓地内で彼の墓所と出会えた あまりに墓が傷んだので2013年新たな墓石に置き換えられたようだ このお寺自体の創建は推古天皇時代(614年)と驚くほど古い

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☆名前を見てビビンと来たならかなりな大阪通【木津勘助の銅像】

大国町にある「大國主神社」の片隅に立派な銅像が凛々しくスタンドアップ! 木津?聞いたような名前だと思ったらこの人が木津川の干拓工事を推し進めた名士なんだよね 木津川がなぜ大国町と関連あるのかは調査不足ながらまぁ見過ごしてくだされ 史跡や旧跡、偉業にはとりわけ敏感に反応する私なら一編完成となります

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☆時代を駆け抜けた先賢者を讃え碑を残す【先賢景仰碑】

江戸時代以降多くの学者・文化人が江戸堀から巣立った 昭和10年東江小学校創立50周年を記念して校庭に建てられたのがこの顕彰碑という事になる 頼山陽を筆頭にそうそうたる先人名が刻み込まれ一見の価値がある まぁそうは言っても存じないお名前がほとんどなわけでそこら辺は時の隔たりが感じられはする ざっくり言って大阪市西区はやはり江戸期は浪花文化の中心地であったわけだ

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☆素敵な生き方に共感を覚える反権力のジャーナリスト【宮武外骨ゆかりの地碑】

新聞記者、編集者、著作家、新聞史研究家、明治期の世相風俗研究家。 政府や行政の腐敗を攻撃し入獄4回、罰金・発禁29回ってそりゃすごい信念を感じるね 明治35年にここ大阪市西区江戸堀に事務所を構え「滑稽新聞」を発行し続けた 1955年に88歳で没するまで大衆の代弁者として生き抜いた信念の人だ アマゾンで滑稽新聞購入して読んでみたくなってしまった

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日中友好50周年「周恩来」

周恩来 1898年3月5日 江蘇省に誕生 1917年 天津の南開中学卒業後日本に留学 明治大学政治経済学科に学ぶ 1919年4月 母校・南開学校が大学部創設することを知り神戸港からの帰国途上、嵐山に寄った 1920年  パリに留学 1924年  帰国し共産主義者として活動 1949年  中華人民共和国建国 国務院総理に就任(首相) 「民族間の恨み、階級間の憎しみ、それを忘れてはいけない。彼らを生…

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☆昭和の侍と呼ばれ日本国憲法成立に携わった白州次郎ここに眠る【白州家墓地】

吉田茂首相の側近として戦後日本の復興を支えた白州次郎そのルーツは兵庫県三田市にあった 三田藩に代々仕えて来た家系が白州家と言うわけだ 政治の表舞台から退いたあとは東京都内に住み続けたがこの世を去ったのちルーツである三田の地で永遠の眠りについた 三田藩主九鬼家の菩提寺でもある心月院の九鬼家墓所に寄り添うようにして白州次郎一族の墓が有った 飾りたてるのが嫌いな性分からか戒名は付けず墓碑も…

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☆歩き出したらやめられない止まらない【大阪証券取引所ビル】

谷町九丁目駅でひとまず打ち止めにして近鉄に乗り換えるつもりがあえての乗り過ごし天満橋まで進んだ 大川の流れを見ていたら自然と川沿いに歩きだす そうなれば北浜で五代友厚さんにお会いしておかないとね ソロ活動だとルートや時間はどうにでも変更可能だ 私のようなかって気ままな親父にはこんな歩行がふさわしい