「おくの細道」の日記一覧

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『おくの細道』塩竃編、芭蕉が湯に入った銭湯を発見できました。

元禄2年、5月8日、夕方、暮れ六つ以降、近くの銭湯で汗を流した場所が解りました。 当時の絵図に、湯屋(弓矢)が画かれた絵図を発見、現在の御釜神社の西向側・塩竃街道筋の四つ角(角の湯)であることが明かりました。世紀の大発見…嬉しい限りです。 曽良の「随行日記」に《銭湯に入る》と記されており、当時の銭湯は、誰も特定できていませんでした。 これからその絵図の出典などを継続調査の予定です。

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「一年の計は元旦にあり・・」と云うから、来年は・・・?。

今年の積重ねでその成果を築こう・・・・。 ①『おくの細道』の出前講座と「落語研究会の稽古会」を継続。 ②毎月、月松嶋の満月を撮影する。 ③「出前講座」会場を多賀城市から塩竃市へ変更して継続。新ネタは、創作落語の「壷の碑」をマスターしたい。来年は、多賀城国府成立が1300年を迎える記念の年である。12-1(日)発表会を多賀城「茶利亭落語会」で開催。 ④真宗大谷派・松島弘誓山ー願立寺…

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多賀城碑の日・12-1(天平宝字6年・762)を記念して

1260年前の12-1に修造を果たした多賀城に、南門が復元されようとしている。2024の完成を待っている。 傍には多賀城碑が建つが、これを松尾芭蕉が書き写した真筆が残っている。 多賀城創建は神亀元年(724)だが、12-1は多賀城碑の日として間違いのない記録である。 全国を探してもこのような記録は見られず、「国宝」を希望している。 多賀城市下馬公民館に寄席会場を創り、この日「茶利亭落語会…

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あした天気になーれ・・・・果たして10月10日の満月・栗名月は・・。

またも、天気に裏切られそうな栗名月の松島は90%の雨予報である・・・・・ 一年中で一番きれいな月夜の筈なのに・・・・「女心と秋の空」に期待したい・・・。 秋の連休は何といっても天気次第である。 過日の「ラジオ・深夜便」で、コロッケさんが母の言葉を大切にしていると語っていた。 「あ・お・い・く・ま」・・・あ:アセルナ、お:オコルナ、い:イバルナ、く:クジケルナ、ま:マケルナである。 たか…

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お世辞にも凄いといわれて・・・・出版しました。

元禄2年の旅を終えてから、松尾芭蕉が書き始めた本文は元禄6年の秋と言われています。旅中、155泊で詠んだ俳句数は730句余りと言われます。   翌年の元禄7年4月、『おくのほそ道』と題簽に6文字を染めた芭蕉は、本文に「おくの細道の山際に・・」と5文字で書いています。元禄2年の旅を終えた芭蕉さんが最初に書いた草稿本が4文字の『奥の細道』でした。 それを5文字で『おくの細道』と自署した後、清書を依頼…

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出版本のお知らせとクラウドファンデイング支援者募集の新聞掲載

地元紙・朝刊に大きく顔写真付きで、2-1掲載になりました。勿論、本名で73歳の「松島芭蕉」ですから、ご容赦ください。 『奥州仙台領内のおくの細道』B5版220ページの労作で、 20余年間の調査研究の成果発表限定本となります。 一般の書店販売はございませんので、下記WEBより、お申込み下さい。2-27日締め切りの募集です。 4月配本の予定です。 限定500部、県内図書施設等に寄贈します。 htt…

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今年こそ…・念願の夢をかなえます・・・。

宮城県政150年・・・・全国一斉にイベントが目白押しとなる。 50年前の百周年で実施した事業の一つに、宮城県は『おくのほそ道をたずねて』を発行した。 しかし、宮城県が代表舞台であるにもかかわらず、不詳な点が11カ所と多く、以後50年間、その調査経過報告がないまま、今日に至っている。 小生が未解決のことに気が付いたのは20年前、以後調査をまとめて、やっと執筆を無事終えて、3月出版予定である。 年…

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夢の又夢のお話で・・・・・。

『おくの細道』松島・平泉を、なぜクライマックスに構成したのか? この答えを紹介できる自分に、感謝と言うか・・・夢のまた夢かなぁ・・・。 「夏草や 兵どもが  夢の跡…」誰もが知る芭蕉の一句です‥解説書には色々書いていますが、前書きに相当する文章の解説に注目してください。 伊達の大木戸から、佐藤兄弟の嫁の「甲冑姿」に始まって、塩竈の和泉三郎・文治の灯、「綱でかなしも」の実朝、高館の義経に至る…

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今日は何の日?・・・・母の日より貧しい父の日でした。

願ってもない父の日届いた嬉しい御知らせとは・・。 何もない‥楽天5連敗・・・同様に寂しいかぎり。 いつも前向き…これが芭蕉のライフスタイル・・・というわけで 「奥の細道」の管理人・松島芭蕉から父の日の贈り物を届けます。 「夏草や兵どもが夢の跡」と言う名句発祥の地・平泉を解説した原稿をお届けします。 詳しくは、「奥の細道」を開いてください。拝読いただいた方には感謝を申し上げます。 父の日に相当…

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あれから10年、津波震災都市・石巻の芭蕉路を公開します。

長い間、不詳の芭蕉路・石巻市内編・・・・。津波震災後の復興事業が優先し、誰も手を付けない調査報告である。 『奥州仙台領のおくの細道』を執筆しているさなかに、石巻だけが、わからずじまいだった芭蕉路、重い腰を上げて調査を始めた。約1カ月を要してやっとまとまった。 暇がある時、カネは無し・・・ワクチン接種が優先する昨今、趣味人も同じである。28日の一回目が決まった。ワクチン接種、2回目が終われば「ワク…

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今日は何の日「芭蕉が訪ねた松島の日」陽暦6月25日

「扶桑第一の好風」と松島の風景を絶賛した芭蕉・・。 『おくの細道』に書いてある。 さらには、月松島の俳句を創る(詠む)ことを諦めて、朝まで眠れなかったと書いている。 ところが、30年前の新聞に、「芭蕉は絶句した」と書いてある。間違いにもほどがある・・・「絶句する」と「俳句を諦める」とは大違い・・・。 さらに、芭蕉は「美人の顔(かんばせ)をよそおう(粧)う」と松島を褒め称え、決して芭蕉は絶句しては…

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私の山歩き里歩き紀行1304・那須高久

那須高久に芭蕉句碑を訪ねる  JR東日本大人の休日パス利用最終日は、那須高久に芭蕉足跡を辿ることにした。当初仙台経由で常磐線相馬行きも考えたが、本日夕方忘年会がある。また先日越後新潟を巡り、その疲れもないことはない。それで、距離的にも近く、興味もある高久に落ち着いた。おくの細道の芭蕉は、黒羽から殺生石へ向かう途中2泊したのが高久と知った。   遠い高久の地   …

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私の山歩き里歩き紀行1257 ・日光裏見の滝編

日光に裏見の滝を眺め、芭蕉句碑を探す  最近おくの細道芭蕉ルートを追っているが、日光で裏見の滝に寄っていると知った。知らない滝でもあり興味が湧き、近くに句碑もあると分かった。調べると裏見の滝はアクセスが悪く、東武日光駅からバスで、その後徒歩1時間先とある。Sさんに、車を相談しオーケーを貰った。感謝である。  本日は長いGW中の1日で、いつもより早出したが、予想以上に東北高速道の下りの…